『TwiLily』


 
司る属性の種は、等しくいのちを宿す瞬間と同時に選定される。
変転することはできないものとされているが、堕つることでそれを叶えたものも存在する。
しかしその場合、ふたたび還ることは絶対的に不可能である。
 

[精霊の敬愛事由/著・ドロゥジーより引用]

***
 
 
太陽と月は、陽と陰。

昼と、夜。
光と、影。
影は、闇。

あたしとあんたは、光と‥‥闇。
 
 
***
 
 
統治する大精霊の城・ミカニャン宮殿は、
光の聖域のどこからでも見えるよう、中心に建てられており、
上から見ると猫を中心にして光芒に見えるよう区切られている。
夜になると、可愛らしい星形がきらりと浮かび上がるのだ。

そんな五角の頂点のひとつが取り分け煌々と輝いているのは、
ある光精霊がそこに立っているからだ。
美しくまっすぐに整えられた彼女の髪は、月華のように光をまとう。

その女性らしい華奢で繊細な肩には、
硝子に反射してできたもの、水面に映りこんでできたもの、
さまざまな粒が集まって眩く、月光の羽衣が掛けられていた。
 
 
「あら、リーサ。今日もキマってるわね。」
 
 
そこへ上空を舞い現れたのは、日光を司る光精霊。
同じく長い金髪で、彼女の毛先はくるんと大きく巻きがかかっている。
 
 
太陽の光が生んだ精霊、ラシャンタ。
紺碧の瞳を持ち、美しく輝く陽の天女。

月の光が生んだ精霊、リーサリーナ。
深桃の瞳を持ち、妖しく艶めく影の舞姫。
 
 
満月の夜は、ふたりで唄を奏でるように舞を踊る。
二人が舞うごとに光の粒子が生まれ、空へと舞い、やがて地上に降りてくる。

光の源は彼女たちの舞によって保たれ、日々生まれている。
今こうして精霊界に陽が差しているのも、夜になると月が輝くのも、
光を司るふたりの加護のおかげである。

街道をすれ違う精霊たちが彼女たちをつい振り返ってしまう魅力は、それだけではない。
長くすらりと伸びる脚や、細くくびれた腰は、みなの憧れの的なのだ。
ふたりが揃うとその光は一層燦爛と輝き、必ず誰かがそれを羨む視線を送るのも無理はない。

うっとりと見とれた精霊たちの賛美の中で、
妙に浮いたイントネーションの、一度聴いたら忘れない間抜けな声が聴こえる。
月の‥‥もとい自称エセムーン――光精霊のウィルプスが、何か切羽詰まったように息を切らせて追ってきていた。
 
 
「リーサはん! リーサリーナはん!
 ご自慢の羽衣、破れてるでおまんがな!!」
 
 
せわしなく名前を連呼され、それが自分を指しているのだと分かり振り向いた矢先、
破れていると指摘された羽衣の裾を、ついと見やる。
 
 
「えぇっ!? やだマジじゃない、もうサイテー!
 気が付かなかったわ、ありがと。あんた、うるさいだけじゃないのね。」

「お安い御用やで~! それよかリーサリーナはん。
 その羽衣、どこで買うたんや? うちの星ちゃんたちに似合うと思ってなあ~!」
 
 
煌めく金色の髪をより一層輝かせるのは、月織の羽衣と呼ばれる繊細な衣。
元は深い闇の色をしており、光源を吸収することで輝きを変えるのだ。
ウィルプスの言う『星ちゃん』というのは彼の子供たちのことだが、
近頃ドロボーの誘拐被害が多発し、犯人探しに切磋琢磨しているらしい。
 
 
「あら、エセのクセにいいセンスしてるじゃない。
 腐っても月ってことね。――これ、あげるわ。
 破れてる端っこを切ったら、ちょうど小さい星たちにピッタリになるわよ。」
 
 
それにもう飽きてきたし、と滑らかな肢体から羽衣を引き抜くと、三日月を模した円弧にそっと掛けてやる。
ウィルプスの無駄に激しい動きで落ちてしまわないように、
ツンと主張する鼻先に、リボンを結んでやった。

ウィルプスは心底嬉しそうに閉じたままの瞳から涙をちょちょ切らせて感激し、
何度もリーサリーナにお礼を言うが、そのたびに塩辛い涙が飛び散る。
 
 
「ちょっ‥‥あん!
 もう、いいから! わかったっつーの!」

「ワイ、星ちゃんたちに言うときますわ!
 感謝感激・アメ・リーサ!! リーサリーナはん、ほんまおおきに!!」
 
 
可愛らしくリボンをひらひらとさせて、踵を返してゆくウィルプス。

その後姿を見送りながら、小さくため息を吐くリーサリーナの耳元へ
唇を寄せたかと思えば、耳元で吐息交じりにラシャンタが囁く。
 
 
「あらら、本当は気に入ってたクセに。」
 
 
しまいには、ふうと耳元で吐息を吹かれるとリーサリーナは小動物のように飛び跳ね、
真っ赤になった顔でラシャンタの瞳を睨みつける。
それを見た彼女は怖気づくどころか肩をすくめて、細めた瞳でくすくすと笑うだけだった。

太陽と月から生まれたふたりは、いつも一緒だった。

おっとりしているようで時に厳しいラシャンタ。
気が強そうに見えて繊細なリーサリーナ。
対称的ではあるが、足りないものを持ち合わせることで、ぴったりとあてはまる。

だからふたりは、いつも一緒だった。
 
 
「そういえば、ラーシャ。
 今日の女子会って、場所はどこだったっけ?」

「あら、ごめんなさい! 私、用事があったのをすっかり忘れてたわ。
 困ったわね‥‥。」
 
 
”女子会”というのは、属性種を越えて開催されるレディ限定のお茶会のことである。
主催はその時によって異なるが、集まりたいと思ったレディが誘いたいレディに声をかけ、
誘われたレディもそのまた誘いたいレディに声をかけるという仕組みだ。

先日、光精霊ユメルにその報せを受けたばかりだったのだが、
ラシャンタの急なキャンセルにリーサリーナは声を荒げた。
 
 
「ちょっと、そんなドタキャン聞いてないわよ!?」

「あら。私がいないと、行けないのかしら?」

「あ、あんたなんかいない方がマシよ! ひとりで楽しんできてやるんだから!!」
 
 
フン、とリーサリーナは息まいて、ずかずかと街道を抜けて行く。
その場にひとり残されたラシャンタは、細い人差し指を顎に当てて、その後姿を黙って見送った。
 
 
***
 
 
そういえば女子会の場所、聞き忘れた‥‥。
ラーシャのヤツ、勝手すぎ!!
いつもはあんなこと絶対言わないのに、ムカつく!
 
 
つい縦横無尽に歩いていたが、目的もなく進んでいたせいでずいぶん遠くまで来てしまったようだ。
少しの期待を込めて後ろを振り向くと、そこには――

期待していた姿は無かったが、
かわりにふたりでよく遊んだ、ランプ花の咲く森の入り口が見えた。
 
 
チューリップがさかさまになったような形で、
つぼみの中に実った大きな光が、昼夜を問わず煌々と光を灯している。

どうやってこの場所にたどり着いたかは、もう覚えていないけれど、
すごく大事な場所だということだけは、はっきりと分かる。
 
 
星の、かおり。
甘く噛んだら、金平糖みたいな味がするの。
 
 
あの時は、いつだって手を繋いで。
ラシャンタが行くところには、どこにもついて行って。
ラシャンタもまた、自分について来てくれて。
 
 
あれ?
あたし、いま。
 
 
ひとりだ。
 
 
***
 
 
太陽が沈み、月が昇り。
そして月が沈み、また太陽が昇った。
 
 
「ラシャンタお姉さま!
 昨日、どうして来られなかったんですか!?」
 
 
可愛らしい声が聴こえ振り向くと、ラシャンタの目線ほど積み上げられた書類――
だけではなく、目を凝らせばそこには、ぴょこんと小さなお団子が覗いて見えた。
 
 
「ユメル、楽しみにしていましたのに!
 カカヌンと、リーサリーナお姉さまも来ないしおかしいなって――」

「リーサも?」

「はい、お姉さまも‥‥一緒じゃなかったんですか?」
 
 
女子会の人数は回によってまちまちで、確かに人数を把握しきれないときもある。
だがしっかり者のユメルが挨拶を忘れるはずがなく、
可愛らしい瞳がきょとんとこちらを見上げているのが、何よりの真実だ。

ラシャンタは自身よりずっと小さなユメルの抱える書類をひょいと持ち上げてやりながら、
自分の仕事なのでと首を振るユメルにウインクして言う。
 
 
「‥‥ちょっとね。
 それよりユメルちゃん。昨日のおわびに、そこまで運んであげるわ。」

「お姉さま‥‥! やっぱり、ス・テ・キ‥‥。」
 
 
ラシャンタは、ユメルと一緒にミカニャン宮殿へ向かう道中、
昨日は主催のカカヌントがとても心配していたことや、
めずらしくドロゥジーが顔を出したがすぐに帰ってしまったこと。
また、闇精霊カシュと互いに恋愛相談をしたことの流れで、
最終的には『プラチー様がいかに美しく愛の権化たるか』を永遠と聞かされてしまった。
 
 
「お姉さま、お忙しいところ本当に助かりました!
 今度はリーサリーナお姉さまもご一緒に、絶対いらっしゃってくださいね。」

「ええ、ありがとう。」
 
 
ユメルは何度もお礼を言って、書類を抱え直すとぴょこぴょこと宮殿に消えていった。
主である大精霊ミカニャンの愛する猫を象った宮殿を煽り見て、
ラシャンタは小さなため息をついた。
 
 
***
 
 
ミカニャン宮殿から見て、西にまっすぐ。
リーサリーナは光に導かれるように、ランプ花の咲く森に来ていた。

いつからか来なくなってしまったけれど、
思い出の中の風景よりも、どこか小じんまりしているようだ。
当時はどこまでも広がる深い森だと思っていたが、今では景色が違って見える。

森の中は、鬱蒼としていた。
色とりどりの花が咲き並んでいるゆえにそうは見えないが、
森林が根深く絡み合っているせいで、昼でも木漏れ日が差すことはない。

だが子供心に、奥に進むほど引きずり込まれてしまうような、
小さな寒慄やスリルに、好奇心を躍らせたものであった。

今は過ぎ去り消えかけた記憶とともにチカチカと瞬く花の中、
ひときわ輝いて見える光が目に留まる。
リーサリーナがふと近づくと、それは花ではなく鍵――光精霊、心鍵を司るキィの姿があった。
 
 
「なに? あんた‥‥精霊?」

「わたし‥‥キィ。
 あなたのココロの鍵を‥‥開けに来たの‥‥。」

「ココロの‥‥カギぃ? なにそれ。」

「あなたのココロ‥‥泣いてる‥‥。
 でも‥‥ひとりぼっちじゃないから‥‥わたしはあなたに‥‥それを伝えに来たの‥‥。」
 
「だから、さっきから言ってること全然わかんな‥‥っ、」
 
 
キィと名乗った精霊は、頭がついて行かないリーサリーナに答える様子はなく、
構わず抱きかかえていた大きな鍵を彼女の胸の前にかざした。
銀色の鍵が強い光を放ったかと思えば、
その瞬間、たった一瞬――ラシャンタの姿が脳裏に過ぎったような気がした。
 
 
「あなたにとって、いちばん大切な鍵がある‥‥。
 このココロの部屋を開けるのは‥‥わたしじゃない‥‥‥‥。
 ‥‥あなたは、きっと‥‥気づいているはずだから‥‥。」
 
 
キィはそう言って鍵をゆっくり回すと、そのまま小さな光となり見えなくなった。

いろいろな思いが巡っては、浮かんで消えて。

好きなのに、きらい。
きらいなのに、好き。

まるで自分のココロを映し出したかのような、
真っ暗な景色で淡い光が泳ぐ森を、歩く。

あの頃はこの先もずっと続くと思っていた道も、
気づけばもう、出口が見えている。

薄暗い森のなか、光が待っているのに、

それが少し、今はなぜか、近寄ることができない。
 
 
そう、光が待っているのに――
 
 
「おかえり、リーサ。 昨日は楽しかった?」
 
 
森を抜けた先には、ラシャンタが立っていた。
一日だって離れたわけではないのに、
久しぶりに見る彼女の姿が眩しすぎたのか、それとも別の理由なのか、
リーサリーナは桃色の瞳を顔ごと逸らした。
 
 
「もちろん、楽しかったわ!
 ラーシャなんかいなくても、すっごくね!」

「なに、ツンツンしてるの。いつもはそんなこと言わないでしょ?」

「――!」
 
 
いつものようにこちらへ伸ばされた白い手を、
リーサリーナはパチンと音を立てて払いのけた。
そしてそのまま駆け出した――いところであったが、リーサリーナはその場に留まった。
いや、留めさせられたのだ。
 
 
――だれに?
彼女に。
 
 
一度手を上げたその細腕を今度は逃さず、ラシャンタは強い力で握りこんで離さない。
 
 
「ツンツンするのはいいけど、その態度はキライよ。」

「やめてよ離して! いた、痛いから‥‥っ!」

「離さないわ。だって、言うことがあるでしょう?」

「‥‥っ‥‥‥‥ごめん、なさぃ‥‥。」
 
 
鈴のように震えた声が聴こえると、ラシャンタは今までのチカラが
嘘だったかのようにゆるりと手をほどいて、リーサリーナを解放した。
 
 
「いったぁ‥‥。」
 
 
痛めつけていた本人だというのがまるで嘘だったかのように、
赤くなった手首を摩るリーサリーナの頭を、今度は優しく撫でて微笑んだ。
 
 
「素直な子は好きよ、リーサちゃん。」
 
 
ラシャンタは、きらい。
あたしのことこうやってからかうし、それが楽しそうだから。
あたしの気持ちなんて、全然わかってない。
昔とは違って、あんたはどんどん先に行ってしまう。
 
 
リーサリーナは、好き。
ツンツンしてるくせに気は小さくて、全部顔に書いてあるみたいに素直だから。
たまに褒めてあげると、赤くなって照れるからおかしいの。

最近、あの子が私を避けていることは自分でも分かってる。
それでもリーサ。そんなところがかわいいけれど。
 
 
***
 
 
ランプ花の咲く森で遊ばなくなったのは、いつからだっただろうか。
きっと‥‥きっかけは無かったのだ。

単純に、ふたりがおとなになったから。
それに合わせて、環境が変わっただけ。
ただ、それだけのことで。
 
 
***
 
 
黄金だけではなく、精霊界すべての色彩が集まって輝く、不思議な丘がある。
光の聖域と闇の聖域の間に位置しているので、限りなく空に近い場所から両聖域を眺めることができる。
その特色が、この丘が『月影の丘』と呼ばれている由縁だ。

リーサリーナは物想いに更けながら、丘から見える月を眺めていた。
煌めくのは、精霊界が生まれる前から? それとも生まれてから?
自分にはわからない、と指を差し出して小さな瞬きを捕まえると、ぺろりと飴玉のように舌で撫でる。
 
 
あまくて、しょっぱい。
涙なんだか、自分がかわいそうになる味。
 
 
いつもだったら、あいつに聞いてほしいのに。
嬉しいこと、つらいこと。よくわからないこと。全部、話してきた。
でも今は、何を伝えればいいのか分からないのよ。
だって、あんたにこんなこと知られたくないわ。
 
 
物憂げに闇の聖域を眺めながら、白い息を吐いた。
ひとり膝を抱えてうずくまっていると、辺りの輝きが一面増して見える。
こんなに眩しかったかと顔を上げて、リーサリーナは目を丸くした。
 
 
「ラーシャ! なによ!?
 あたしのこと、追いかけてきたってわけ?」

「もう、何言ってるのよ。それに、先にいたのは私の方よ。
 それで‥‥どう? 考えの整理はついた?」

「整理?」

「素直になる整理。」

「‥‥‥‥。」
 
 
少しの応酬のあと、ラシャンタの言葉を最後に、
リーサリーナは光り輝く髪を耳にかけて、再び膝に顎を乗せた。

言葉が見つからなくて、気持ちが追いつかなくて。
そのまま30分、1時間。

その間も月影の丘で生まれた光が浮かんではまた、消えていく。
 
 
「ねえ、ラーシャ。
 あんた、あたしを本当に嫌いにならない?」

「何言ってるの、いきなり。変な子ねぇ。」

「茶化さないでよ! 真剣に聞いてるの!」

「あら、私だって茶化してなんかいないわ。」
 
 
無意識的に小さくなってしまったリーサリーナの隣に座り、
ラシャンタも同じように小さくなった。

姿はおとなのままだけれど、見える景色はどこか懐かしくて
この場所も、ラシャンタが教えてくれたことを思い出していた。
ここから見える月の、星の輝きが、すごくきれいだった。
 
 
「嫌いになるって思ってる、あなたがヘンだって言ってるの。
 リーサが考えていることくらい、分かるわよ。
 私を誰だとお思い?」
 
 
桃色の瞳に光が反射するのを横目に見ながら、ラシャンタは続ける。
 
 
「何にも代えられないわ。たとえ光が、闇に裂かれようとも。
 私たちの友情に、光も闇も関係ないわ。」
 
 
そう言った言下、リーサリーナの腕を引っ張り立ち上がらせる。
突然のことで感傷に浸る間もなく、丘の更に先へ、ラシャンタは走り出した。
 
 
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、ラーシャ! いきなりなんなの!?」

「いいから! ”秘密の場所”があるのよ!」
 
 
リーサリーナは、またひとつ思い出した。
前にも、こんなことがあった。
 
 
”秘密の場所”。
それは、ランプ花の咲く森。
 
 
今より小さかったラシャンタは、

今より小さかった自分の手を引いて

”秘密の場所を見つけた”と大騒ぎして、

夜中に叩き起こされて、空も飛ばずに地を駆けて、それで‥‥。
 
 
そういうときのあんたは、いつもの余裕たっぷりな顔じゃなくって‥‥。

子どもみたいに瞳を輝かして、バカみたいに無邪気で‥‥、
 
 
そうそれは、ちょうど今みたいに――
 
 
「‥‥‥‥見て、リーサ!」
 
 
どのくらい、走っただろうか。
切れ切れに肩で息をしていたリーサリーナだったが、
拓けた丘の”秘密の場所”からのそれを見て、息をのむほどだった。
 
 
生まれて初めて、言葉が出なかった。
 
 
太陽と月が、重なろうとしていた。
その光景は少しこわいくらいで、しかしそれ以上に美しかった。
 
 
「‥‥ひとりで過ごしてた間にね。太陽を見ていたら分かったのよ。
 ちょうどふたつの周期が重なって、月とひとつになる瞬間が近づいてるって。」

「こうなることが分かっていたから、いきなり変な態度とったってワケ?」

「心外ね。”変な態度”なんて取っていないわ。
 でもそれが、私がひとりの時間を持つようになったってことを指しているのなら、
 その理由は全然、まったく別のことよ。」
 
 
わざとらしく回りくどい言い方をしたかと思えば、
ラシャンタは煌めく丘の地から足を離し、彩られた空に身を任せて浮遊した。
 
 
「いらっしゃいな、リーサ。
 私、今日はあなたにプレゼントを用意してきたのよ。」

「はぁ? プレゼントって、何よいきなり‥‥。」

「あら、いらないなら捨ててもいいのよ。
 なんなら、かわりにトワロープ君にでもあげるわ。」

「あいつにだけはあげたくない!!」

「ふふっ。
 ‥‥じゃあ、素直にならなくちゃ。」
 
 
怒っていたはずなのに。
傷ついたことを、ぶつけてやろうと思っていたはずなのに。
気が付けば結局、言われたとおりに頷いている自分がいた。

少し頬を膨らませた腑に落ちない表情を覗き込むと、
ラシャンタは満足したように両手を広げ、月影の丘の光を一点に集中させた。

いっそう眩い光が美しい羽衣と化し、
ふわりとふたりを包み込むようにして舞い降りてきた。

月影の丘は、光と闇が同時に存在する地。
深い紫を帯びた羽衣は、少し背伸びをしたリーサリーナによく似合う。
月光を浴び煌めいて、それはまるで夜空の星の光のようでもあった。
 
 
「これを作ってただけだったのに。
 リーサったら、ちょっとヒミツにしただけで拗ねちゃって。」

「拗ねてなんかないわよ!! それに、なんか‥‥ウソみたいで‥‥。
 う、嬉しくて‥‥信じられないのよ‥‥だから‥‥。」

「ん? だから?」

「だから、あ、あり‥‥あり‥‥‥‥。
 ――あり、がと。」
 
 
ラシャンタは嬉しそうに瞳を細め、リーサリーナの綺麗に切り添えられた前髪を撫で、唇を寄せる。
触れるか触れないかのところで、ラシャンタはリーサの手を引いた。
 
 
これは、舞の相手への信頼の証。

あなたといると、瞳を閉じても光が見える。
何故ならあなたが、自分の光そのものだからだ。

あなたがいるから、精霊界には光が生まれる。
ふたりでいるから、自分も光を生み出すことができる。

二人は時折瞳を合わせ、そして微笑み合った。
ふたりの羽衣が舞い上がり、月明かりを透かせて美しい円弧を描く。
 
 
この瞬間がいつまでもいつまでも、続きますように――。

~おしまい~

(ほんとはリーサが闇属性になるところまで書いていたのでどこかで書きたい)

*** おまけ ***