『A LONG LONG GOOD-BYE』


 
愛とは、何を以って其れと呼ぶのか。
特筆して意義づける事はおろか、能動的に憶える為術は無きに等しい。
本論文においてこの答えこそ、根幹の命題である。
 

[精霊の敬愛事由/著・ドロゥジーより引用]

***
 
 
夕凪のはざまに、紫色が揺らぐ。
 
 
光の精霊。不思議な精霊。
彼か彼女か‥‥今は彼と呼ぼう。
その横顔はそう思ってしまうほど――初見に限り――美しい。

精霊の名は、トワロープ。
司るは、創造。
趣味は、デートスポットの下調べ。
特技は、ウインク。
好きなものは、すべてのいのち。
嫌いなものは、不明。

紺色に纏われた細く長い四肢で悠々と宙を漂うが、
表情は常に捉えどころのない笑みを浮かべている。

体幹に至っては薄い胸板と細くくびれた腰を露出させており、
異質とも思える格好のそれは、一見貧弱のように思える。
指先から放たれる一撃は山をも劈(つんざ)くと囁かれているが、真偽のほどは定かではない‥‥。
 
 
***
 
 
極光と相反にあるのは、常闇。
漆黒を纏い幽冥を駆ける、骸騎のシェドイー。

白馬に跨る凛とした騎士のように見えるが、鎧の中身は空っぽで、
実は牡馬によっていのちを与えられているだけの影鎧である。
シェドイーとしてのココロを持つのは、馬の方なのだ。

伝説の五精霊である彼が、闇精霊きって光を苦としていることは有名なのだが、
以前までは特別に嫌悪こそしていなかった。
しかし今では光を一筋見ただけで瞳を血のように染め、暴れ馬と化すと言う。

そもそも外見は厳かで近寄りがたい雰囲気ではあるが、
根は優しく世話焼きであり、光精霊にも顔が広く、属性を越えて慕う者も多かった。
加えて備わったもあるので、闇を統べる王・メイオウシンからの信頼も厚い。

今は昔、光に臆することなく星空を駆けていたころ‥‥
瞬く星の海の中を、鬣を靡かせながら駿馬が横切る。
矢のように駆け、宙を駆けているにも関わらず蹄を蹴り立て響かせた。
シェドイーは闇王の遣いで、光と闇の聖域の間を横断していた。

対極関係にあるふたつの属性を繋ぐ『月影の丘』で、ふたりは出逢うこととなる。
 
 
わぁ、あの馬かわいいなぁ! 僕も乗ってみたい!!
 
 
ディナーの帰り、暇を持て余していたトワロープは、一瞬で目を奪われた。
いのちすべてを愛する彼にとって、何かを愛でることは決して珍しくはないのだが、
はやる気持ちが抑えられずにゾクゾクするのは初めてのことだ。

光の聖域に侵入することを許された闇精霊が向かうのは、
軌道を見るに大体がミカニャン宮殿で、今回もその予想はどうやら当たっているようだ。

トワロープは先回りするべく、まっすぐ宮殿に向かい到着を待った。
しばらく野良の猫たちをあやしていると、
空の一点に浮かぶ暗雲のような塊がどんどん大きくなるのが見える。
そしてその中心から予想通り、騎士を乗せた白馬が現れるなり、
彼の前に回り込み、トワロープはいつも通り臆せず挨拶した。
 
 
「お馬さん、こんにちは! 僕も乗せてよ!
 僕、トワロープっていうんだ。君は?」

「和が名は、シェドイー‥‥。
 し、しかし‥‥なんだ? 貴様は‥‥。」
 
 
出会いがしら突然目の前に現れ、背中に乗せて欲しいと要求されてしまっては、
流石のシェドイーもたじろぎを見せた。
権威ある伝説の闇の精霊である自身に一切の気配を悟られず、
容易に踏み込まれたことなど今まで一度たりとも無かったからだ。

ブルルッと鼻を鳴らして、調子を取り戻すべく一歩引く。
骸の鎧もそれに合わせて牽制するように剣を構えるのを見ると、
トワロープは眉を下げ遺憾を示し、肩をすくめて続けた。
 
 
「ひどいよ、どうして逃げるの!?
 何もしていないのに、ヘンだなぁ。 仲良くしようよ!」
 
 
紫に塗られた四本指と、先端が煌々と光る耳。
笑顔を描く瞳が、妙に気になる。
飾りものの硝子がはめ込まれたような‥‥如何にも、無機質な印象を受けたからだ。
闇より生まれた自身よりも、ずっとどこか根深いところで渦巻く暗晦を感じる。
 
 
此奴には、触れてはいけない気がする。
知ることへの恐怖、悍ましさ。凄まじく――。
 
 
交わった視線を遮断するかのように、無言を貫いたシェドイーは頭を振るが、
瞳を薄ら開けるとそこには、高い鼻が触れそうな距離で
トワロープがぱちくりと瞬きをしてこちらを見つめている。

シェドイーはまた一歩距離を取り、背中の騎士を守るようにして対峙した。
騎士も携えた刃を下ろすことはなく、緊張感を保ったまま、予測不能な相手の出方を待った。
 
 
「退け、光の精霊よ。
 我は貴様に屈する気はない。」

「どうして君は、出会ったばかりの僕をそんなに嫌いになるの?
 知らないいのちってだけで、どうして怖がるんだい?
 それならこれから、たくさん知ってくれればいいじゃないか!」
 
 
敵意をはっきりと剥き出しにして伝えたつもりであったが、
返ってきたそれは期待していたものではなく、暖簾に腕押すような答えであった。
シェドイーは瞳を薄め、もう一度鼻を鳴らして自我を保つ。

一歩、また一歩と後退る間も、とろんと垂れた金の瞳は此方を見つめるばかり。
適当な距離が確保されたところで、一気に踵を返し振り切った。

その場に置いて行かれたトワロープは、ぽつんと立ったまま。
顎に手を当てて、くすくすと笑った。

知らないいのちを知るのは、面白い。
もっと知りたいよ、君のこと!
 
 
***
 
 
精霊にも、睡眠の習慣がある。
例外もいるものの基本的に漏れることはなく、夜は眠り夢を見る。

シェドイーと出会ってから、トワロープが見るのは決まって彼の夢。
夢を現実と紛ってしまうくらい毎日繰り返し、何度も何度も背中に乗った。
真っ白で逞しい体躯に、凛々しく峰のようにそびえた背柄。
少し暴れん坊なところがあるけれど、そこがまたエキサイティング!
 
 
「あぁっ、最高だよシェドイー! エン‥‥ポラ――――ッ!!」
 
 
シェドイーの背中に飛び乗るように抱きしめたつもりが、
フニフニと、想像よりも柔らかい感触が伝わった。
 
 
「ちょっと、静かにしなさいな。
 それに、馬と間違えられるだなんて心外ね。」
 
 
目を覚ますと、日光と共に輝く金髪が目映ゆい。
つんと額を指で弾き、抱きしめられた身体を遠慮なくはたいて消毒すると、
ラシャンタは無の表情のまま、寝転ぶ相手を見下ろした。
彼女はトワロープにとって、友達などと言った高尚な関係ではないが、
自身に物怖じせずに声をかけてきてくれる、数少ない存在なのだ。
 
 
「僕は、お馬さんのほうがいい!」
 
 
はっきりと、よく言えば取り繕うことなく素直に愛情の差を口にされると、
呆れたと言い捨てて、光り輝く金髪をかき上げた。
遠慮のないやり取りは、はたから見れば友達――或いは恋人――に見えなくもないが、
その可能性がゼロから動くことがあるならば、それは世界崩壊の時だろう。
 
 
「だからあなた、友達を作るのが下手なのよ。」

「そうかな。
 君だって、得意なわけじゃないくせに。」

「あら、私はいいのよ。
 大事な親友がひとりいるから、それ以外はいらないもの。」

「ふうん。それは僕じゃないんだなぁ。」
 
 
どうしてこのヒトはこんなに純粋なのだろうと、ラシャンタは思った。
時折影ある表情をするが、一瞬見せた本当の顔とか、そういう生半可なものではない。
あくまで、すべてが表の顔。
それがトワロープの恐ろしさ――もとい、いとわしさとでも言えようか。

好きだと伝えるのは、好きだから。
好きじゃないと言えば、好きじゃない。
たまらないと言うのなら、たまらないということ。
興奮したならば、興奮したのだろう。

踏み入ってはいけない、見えない領域。
 
 
「あなたとお友達には、なりたくないかもね。」
 
 
そのまま瞳を合わせずに、ラシャンタは光の粒と化してその場から姿を消した。
ひとり取り残されるのは、いつも自分の方だと気づく。
しかし、なぜか不思議と嫌ではない。
 
 
僕は、追いかけるのが好きなんだ!
だって、そっちの方が楽しいじゃないか!
 
 
トワロープはもう一度、瞳を閉じて眠りにつく。
そうしたらいつだって、シェドイーの背中に乗れるから。
また、なんでもない夜が、更けていった。
 
 
***
 
 
すべてのいのちが好きであるということは、
嫌いないのちはないということと同義である。
しかしながら、すべてを平等に愛すると意味合いとは異なる。

ヒトは誰でも各々を愛する感情の中で、
更に「面白い」と「つまらない」という振り分けがされてはいないだろうか。

トワロープの中で、シェドイーは最も「面白い」。
どうしてココロのない騎士を連れ回しているんだろう。
自分ならば、絶対にイヤだ。
空っぽのガラクタなんかと一緒にいても、つまらないに決まっている。

その一方でトワロープは、シェドイーの気持ちを知りたいと考えた。
彼の心情が分かれば、この気持ちを受け止めてくれるかもしれない。
知られざる真実だが、トワロープは興味を持った相手に対する愛を表現するためならば、
意外や意外、ヒト一倍努力を惜しまないのだ。
 
 
「やるぞぉ! えいえい、おーっ!!」
 
 
シェドイーはきっと、背中に鎧を乗せるのが好きなんだ。
だったら僕も鎧を着れば、シェドイーだって背中に乗せてくれるはずさ。
 
 
陽が昇る前から単身で、あるものを探しにガレキの山に出かけた。

ガラガラガラ‥‥。
カランコロン、カラン。

どこか遠くで廃棄物の崩れる音がしたが、懸命なトワロープは見向きもしない。
この時、ガレキが新しいいのちを持ったことなど知る由もなく――
魔法に頼らずに細腕で山を漁り、ついに古びた鎧を発掘した。
 
 
「ポラ‥‥良かった。」
 
 
トワロープは、愛しげに鎧を抱きしめた。
傷ひとつないきめ細やかな頬が墨汚れても、拭いさえせずに。
それよりも一秒でも早く、シェドイーに会いたい。
会って、今度こそ背中に乗せてもらうんだ!
 
 
汚れた身体は水洗いして、髪の毛も整えて、おめかしにはたっぷりと時間をかけた。
きっと、シェドイーはいっぱい喜んでくれる。
そう信じてトワロープは準備を済ませ、月影の丘で再びシェドイーを待った。

シェドイーのためなら、時間など惜しくはない。
丘の上から闇の聖域を眺めながら、何日も彼を想って過ごした。
何日も、何日も‥‥ようやくシェドイーの気を感じたのは、七日経った朝のことだった。
 
 
「やぁ! かわいいシェドイー、僕のラブリー!
 見てよ、僕も鎧を着たんだ。これでいいよね?」
 
 
神出鬼没にいつでもどこでも現れることには、いい加減耐性が付き始めていた。
しかし、シェドイーは意に反して大きく仰け反ってはそのまま体勢を崩し、
騎士は真っ逆さまに、ガラガラと音を立てて落馬してしまった。

シェドイーが面食らうのも、無理はない。
何故ならいつもは半裸のトワロープが、なぜか相棒を模した鎧を着ているのだから。
 
 
「さぁ、デートに行こう! 今すぐに!!」

「何を勘違いしているのか知らんが‥‥。」
 
 
鎧騎士は短剣を持ったまま右手で刺すように向け、
シェドイーは低い声で、ゆっくりと諭すように続けた。
 
 
「我が相棒と共にあるのは、そんな軽薄な理由ではない。
 それが分からぬのならば、我が貴様を背に乗せることなど‥‥及び有り得ぬ。」

「そうかぁ、分かったよ。」
 
 
どれだけしつこく迫られても、その時はと応戦を見計らっていたが、
予想外に素直すぎる返事に拍子抜けしてしまった。
シェドイーは、はじめて恐怖という感情を憶えた気がした。

その場でトワロープは、纏っていた鎧をすべて脱ぎ捨てた。
主を無くした鎧は、空っぽのガラクタに戻って丘から落ちていく。
シェドイーの気に召さないのなら、なんの意味もないのだから。
 
 
***
 
 
シェドイーは全裸のトワロープを置いて、ようやく五色の間にたどり着いた。

五色の間とは、各属性の力で護られた高貴な場の名である。
伝説の五精霊もとい同格か、それ以上の力を持つ、
権威ある精霊にしか侵入を許されていない。
高位のものが承認すれば、どの精霊でも往来ができるようになる聖域とはわけが違う。

普段は聖域と言う区切りがされ、属性で隔てられた界隈ではあるが、
定期的に五精霊会議というものが開かれている。
各属性の伝説の五精霊と呼ばれる大精霊が一同に介し、
精霊界における問題や今後を話し合う、正当な会議である。
 
 
参加者は、
火の精霊ラダマンティ、水の精霊アンディネ、風の精霊ドリアリー。
光の精霊ミカニャン(&お猫様)、そして闇の精霊シェドイー。
 
 
五体の中でも長寿であるラダマンティが進行を行い、
各属性の聖域内、もしくは外での問題が起きてはいないかと近況報告を行うものだ。

ドリアリーは慎ましく必要以上に物を言わず、
ミカニャンは五色の間に猫をもっと増やしてほしい、と挙手しては毎度却下されたりと、
厳格な話題はほとんど無いことで、むしろいい意味で気を抜ける。

もちろん真剣なのだが、聖域を統べるものたちが
各聖域の話をするのは意外と楽しく、
いつも緩い雰囲気で、体裁を保つほどのものでもないからだ。

今回も猫を増やしたい希望を却下され、頭を垂れているミカニャンを余所に、
闇属性は問題がないか、とラダマンティがシェドイーに向いて声をかけてきた。
シェドイーは特に‥‥と首を振る。

しかしちょうど正面の大きな貝殻から顔を出しているアンディネが、
透き通る身体を前のめりにして、シェドイーに抗議した。
 
 
「あらぁ。だめよ、シェドイー。
 おふるの鎧はちゃんと粗大ゴミで出してくれなくっちゃ、海が汚れちゃうわ。」

「ム‥‥どういうことだ?」
 
 
事態を把握できていない、とラダマンティが首を傾げて聞く。
すると彼女はシェドイーに跨る鎧騎士を指差して、
いつもの調子でラダマンティへ一言多く付け加えて答えた。
 
 
「だから、この鎧が海に捨ててあったのよ。
 もう‥‥本当にあなた、暑っ苦しい顔なんだから。」

「待て。俺の顔のことは今、関係がないだろう。」
 
 
シェドイーは、今まで一度も相棒の鎧を交換したことなどない。
そして、今も変わらず鎧騎士は片時も離れず背に乗っている。
ハッと顔を上げると同時、鎧騎士も同じく何かに気づいたようだ。
 
 
「アンディネよ、すまなかった。
 我の責任だ、直ぐに片付けよう。」

「いいのいいの。もういらないと思って、ゴミの日に出しておいたから。
 ‥‥あら? どこへ行くの?」
 
 
シェドイーは会議中であるにも関わらず、席を立ってどこかへ駆け出してしまった。
真面目なシェドイーが、今までそのような行いをしたことがなく、
残された精霊たちは、空いた闇精霊の椅子を見て戸惑いを見せるしかなかった。

”直ぐに片付ける”と、そう言い残したのだ。
ドリアリーだけが細い手指を握りしめ、少し、震えていた。
 
 
***
 
 
シェドイーとはじめて出逢ったあの日。
彼が死者の魂を喰らっているのを、トワロープは思い出していた。

いのちを宿すことができなかった思念体をつかまえて、
指先に灯した光でひとすじ、スーッと切れ込みを入れる。
そこから丁寧に取り出した小さな魂を口に放るが、
まったく味がせず美味しいとは言えなかった。

おそらく魂の味しか知らないシェドイーのために、
トワロープは自分の知っているお店から、彼の口に合いそうなメニューを三日三晩考えた。
きっと、シェドイーが喜んでくれると信じて。

トワロープが厳選したのは、フェアリー族の高級割烹。
薄味ながら絢爛な装いの大皿料理が特徴で、特にキンメデタイの姿煮は天下一品だ。
最高級コースの予約を済ませ店から出てくると、
なんとそこにはシェドイーの姿があるではないか。
 
 
「!! うわぁ、シェドイー! 会いに来てくれたんだね!!
 う、嬉しいよ‥‥! 僕も今ちょうど君を‥‥。」

「‥‥。」
 
 
いつも距離を取られてはいるが、いつものシェドイーと雰囲気が違う。
今の相手からは、殺気を感じる。

トワロープは、すぐに察した。
シェドイーは本気で、自分を敵と見なしているのだ。
長い耳をぴくぴくと震わせると、先を逆立たせて全身を震わせる。
そして口角を上げて小さく笑い出し、両肩を己の腕で抱いて高らかに言った。
 
 
「ほぉら。君は! 君は、僕にだけ優しくしてくれないんだ!
 そういう態度とられると、興奮するよ!!」
 
 
だって君は、誰にでも優しいから。
そんな態度を取るのは、僕が知る限り僕だけだ。
君が僕を突き放すほど、君は僕から離れられなくなるよ。
 
 
それは僕も同じさ。
君は他の精霊と同じように、僕を好きになってはいけない。
僕は、君のことが好きだからこれは下心のない愛だよ。
下心って、よくわからないけど。

僕、面倒なことには興味ないからね!!
 
 
バチバチッ! と全身から閃光を走らせる。
赫赫たる火花が舞い散ると、シェドイーの身体を溶かすように熱を浴びせた。
伝説の五精霊をも超える、計り知れない極光の力を前に、
シェドイーは眉間に深いしわを寄せ歯を食いしばり、どう出るかの先手を読もうとした。
‥‥が、その先制はすぐに、絶望に変わる。

愉悦、憤怒、困惑、恍惚、敵意、愛慕――
目まぐるしく変わる表情に、その真意を読むことができない。
 
 
「僕が! 世界で一番! 君を好き!!
 やっぱり君は! 僕で永久に、縛ってしまいたい!!」
 
 
肩を上下させて荒く呼吸を繰り返し、自制の利かなくなったトワロープを前に、
シェドイーはまったく冷静に、対峙した。
 
 
「‥‥貴様の腕を、試そう。」
 
 
ブル、と粛々とした威嚇を皮切りに、鎧騎士が短剣の刃を剥く。
そのしなやかな動きは、誰が見ても息を飲むほどの美しさだった。
一歩下がれば合わせて構えを変え、秒ごとに緊張感が場に張りつめる。

その様を見て、トワロープは頷く。
燃える。ときめく。戦うことが楽しい。
君が僕を前に、こんなに懸命になってくれているなんて。
 
 
”そいつは、魂しか食べないよ。
 僕の方が、美味しい料理を教えられるのに。”
 
 
自分の方が優れているはずだ。
トワロープはシェドイーではなく、鎧騎士を光で裂く。
 
 
”そいつは、物を言わないよ。
 僕の方が、君を好きだと伝えているのに。”
 
 
自分の方が優れているはずだ。
鎧騎士は、バラバラになった。
 
 
「どうして? そいつはそんなに弱いじゃない。」
 
 
自分の方が優れているはずだ。
単馬になったシェドイーの巨体を、
トワロープはトンと人差し指一本でねじ伏せる。

崩れた鎧騎士の残骸を横目に、囁く。
そして、床に叩きつけられた馬を組み敷いて。
紫に染まった長い髪がシェドイーの視界を塞ぎ、精神的に拘束させた。

トワロープはシェドイーを追い詰める。
ココロも、身体も、どこまでも、なにもかも。
 
 
「グッ、‥‥ウウ‥‥!!
 ウオオォオオ‥‥‥‥!?」
 
 
不敵な笑みを浮かべる唇を、シェドイーの瞳に落とす。
金色の目は、じりじりと太陽に熱しられたかのように焼けてゆく。
 
 
「僕の方が、強いでしょ?」
 
 
すべて、君の”相棒”よりも優れているのに。
君は、僕を選ばずに空っぽのいのちを選ぶんだ。
でもね、僕は分かってる。
そんな君といういのちが好きなんだ。
僕は君のすること、なんだって嬉しいよ。
可愛い君を眺めているのが、僕の幸せ。

ああ、君との初デートはいつになるんだろう。
どこへ連れて行こうかなぁ!

そうだ! 今度、君が僕に会いに来た時は、
とびっきりのプレゼントをあげよう!
僕のことを、いつでも忘れないように。

だから、今日の日はさようなら。
また逢う時まで。
ラッティラ、ライラ。エン・ロテュ。
 
 
唇を離すと、ぽとりと、右目が焼け落ちた。
それは生気を無くした、空っぽの魂のようで――。
 
 
ああ! シェドイー! シェドイー。シェドイー。
シェドイー? 聴こえるかい?
にくいよ、君が。
 
 
 
 
どうしてそんなに、かわいいの。
 
 

~おしまい~