『優勝、もとい友情。』


 
着飾る行為に、たとえば個の能才を増強させる力などはないが、
綾なすことを追い求めるのは、愚にもつかない素行であるとは言い切れない。
ココロの希求はいつしか渇求へと変わり、行動論理では説明がつかなくなる事象となるのだ。
 

[精霊の敬愛事由/著・ドロゥジーより引用]

***
 
 
オシャコン。
それは精霊界のオシャレマスターたちが集う、千夜一夜の舞踏会。
全属性の聖域から隔てなくオシャレに自信があるものが集まって、
その優美さや感性にココロを躍らせ、頂点を決めるのだ。

既に何度も開催され、回を追うごとにその盛り上がりは口コミを中心に広がりを見せ、
参加者も観客も数を増やし、次回のオシャコンも大盛り上がり間違いなしである。

ここで、今回の主役を紹介しよう。
闇精霊・ジャムマリア。
彼はオシャコン開催の立ち上げメンバーでもあり、
精霊界の中でも目立って啓蒙する、生粋のオシャレニストでもあるのだ。

オシャコンは、いわゆる『キマっていること』以外に参加資格は無いのだが、
オシャレにいのちを懸けた彼にとって、絶対に譲れないこだわりポイントがひとつ。
それは、衣装を自作することであった。

闇の聖域の地下街に位置する、小さな喫茶店――闇夜喫茶に入る。
定位置である窓際の席に座ると、テーブルに添えられたベルを鳴らし店員を呼ぶ。
注文するメニューは、いつものトマトジュースとサンドウィッチ。
店員はかしこまりましたとテーブルに手のひらをかざすと、
その場に注文を受けたばかりの品々を直ぐに用意した。
至高のひと時の準備が整ったのである。

まずはデザインコンセプトを決めるべく、懐から小さなスケッチブックを取り出した。
インクに筆先を浸らせ、粒を紙面に走らせながら構想を数枚描く。
どれもなんとなく、といった観点では悪くないが、ピンとくる作品ではないようだ。
ふと、テーブルの上のトマトジュースが目に留まる。
濃赤が溶け出すように薄紅へ移り変わってゆくバランスが美しく、
グラスに滲んだ果肉もまた、彩を豊かに魅せる要因のひとつになっていた。

メインカラーは十八番である赤色で決めるか、闇を司るものとして紫で攻めるか。
クラシックに黒で抑えるか、それとも‥‥。
 
 
あぁ、次から次へとデザインが溢れて止まらないぞよ! (ゾクゾク)
このままじゃ、吾輩おかしくなっちゃいそうっ! (ガーン)
こんな時は、そうぞよ。(ハッ‥‥)
直接「彼ら」と語り合って、素敵なパートナーを探すぞよ。(キラーン!)
 
 
思い立ったが即行動。
ジャムマリアはささっと朝食を済ませ、喫茶店を後にした。
そこから東にまっすぐ進むと、今度は行きつけの布屋が見えてくる。
“彼ら”というのは、衣服を紡ぎ出す主役である布のことらしい。

闇の聖域にひとつだけ佇む布屋は、ゴシックな装飾で格調高い雰囲気を醸し出しており、
入店を招待制と銘打っているだけのことはある。
扉を開けると、カランカランと小さな屋敷に飾られているような少し寂れたベルが鳴り、
外観からはとても想像がつかないほど明るく、間広い店内から小さな顔が覗いた。
 
 
「いらっしゃいませ。素敵な出逢いがありますように。」
 
 
どうやら新しいアルバイトの子が店番らしい。
ジャムマリアは会員証を店員に見せながら、新入りらしいその顔と名札を確認する。
 
 
名は‥‥ナッコというのか。(フムフム)
この店の店員なだけあって、なかなかセンスがよろしいぞよ。(キラリーン)
吾輩、ハッピー♪ (ルンルン)

――ハッ、いかんいかん! (ペシペシ)
今日は早くお買い物を済ませて、作業を開始しなければならんぞよ! (ワタワタ)
 
 
自ら尻を叩いて我に返ったジャムマリアは、“素敵な出会い”を探す旅路に出た。
長く鋭い爪で美しい生地を傷つけてしまわないように、
丁寧に指の腹で質感を確かめたり、時にはすんと香ったりして、布と対話する。
布を見初めるのは、それこそ愛するヒトにココロ奪われる感覚に近いと豪語しているが、
もちろんそんな御前上等な存在など、一度たりともできたことはない。
彼はまだまだ、布に恋するオトシゴロなのだ。

同じデザインの衣服を考案しても、使用する布によって雰囲気はまったく異なる。
だからこそジャムマリアは、こうして納得いくまで布を選び抜くことに余念がないのだ。
もちろん自分が何百枚と布を比べて選別しているのだが、
夢中になればなるほど、自分の方が布に選ばれているような気さえする。
ひとつひとつ、その布と人生を共にした未来を、すべて思い浮かべた。
途方もない時間がかかるのは、実に明白。
使用する布が決まるまで、容易に数日は経過するのであった。

しかし今日は比較的早く、ココロ揺さぶられるものに出会えたようだ。
ひと際きれいな、真白の生地に金糸があしらわれている布が目に留まった。
ほつれのひとつもなく、穢れを知らない乙女のような純粋さを感じ、
ジャムマリアはうっとりとその場で魅了されてしまったのだ。
 
 
***
 
 
布と装飾を合わせて会計を済ませて、意気揚々とステップを踏みながら帰路に着く。
冥府安楽市6丁目6番地6、キャットタワー4F、259号 ―― Dear.Jam Maria ――
ポストに投げ込まれた出前のチラシの中に、黒い封筒がひとつ混ざっていた。
手紙の送り主は、ン・ラアメ。
メンマ大王軍に仕えるジャムマリアにとっての、直属の上司である。

その内容は、オシャコンに出場するジャムマリアのために、
当日までの製作期間として、長期休暇を付与するというものだった。
ン・ラアメからの優勝を願うメッセージも添えられており、
理解あるこの超ホワイト企業に一生を捧げることを胸に誓ったのであった。

十分な製作期間を得たジャムマリアは、部屋につくなり布を部屋一面に広げた。
ハサミを手に取ると、型も取らずに目算で裁断を開始する。
チャキチャキと軽快に直接肌や耳に伝わるこの感覚が、楽しくてたまらない。

前身頃や後身頃、さまざまなパーツを左右対称に揃えたところで、ようやく一息をつく。
広い作業台の上に布を置き、そして魔法ミシンを起動させた。
魔法ミシンとは、古より布に司った精霊の魂がひとつずつ込められており、
同じく使用者が精霊でないと扱えない、特殊な編み機である。
すでに型番は何世代も前のものだが、裁縫を始めたころから一度も買い替えておらず、
ミシンと魂の波長が合えば一生物となる、愛着が物を言う世界なのだろう。

ジャムマリアはミシンに向かって姿勢を正すと、
いつもとは別人のように無駄な動きを一切しなくなる。
カタカタカタ‥‥と、ミシンの針が糸を通す音しか室内には響かなくなり、
布が衣服になってゆく過程で、そのシルエットを逐一確認する。
理想形から一ミリでも外れていれば、完璧に仕上がるまで糸をほどき、布を切り、何度も縫い直す。
これぞまさに、職人の執念である。

仕立てに没頭し続け、数時間。
取りつかれたようなジャムマリアの意識を覚まさせるのは、0時を知らせるコウモリの羽の音。
ハッと顔を上げるとミシンの稼働を停止させ、今度は裁縫箱を取り出した。
ミシンを深夜帯まで使っていては、近隣の皆様のご迷惑になるからだ。
陽が昇るまではこつこつと手作業に切り替える、ジャムマリアの真面目な一面がうかがえる。
 
 
なんてウキウキするのだろう!
服をデザインするのもされるのも楽しいし、着るのも着てもらうのも嬉しいぞよ!
吾輩もみんなもハッピーになれるなんて、もう最高ぞよ!

でも‥‥服を作るときは、いつもひとり。
ちょっとだけ、さびしいぞよ。
 
 
***
 
 
ジャムマリアは、何日も何日もカンヅメ状態になって作業をしていた。
そして十回目に迎えた明朝。
ついに、作品は完成した。
 
 
「(キラキラキラ‥‥シャキーン!!!!)
 見よ、この最高傑作を!! 吾輩の歴史に残るビューティフルなアートぞよ!!」
 
くるくるくるっと三回転して、全身鏡で様々な角度から確認する。
風に揺れる布の流れも、すべて完璧。
特にこの真白な布を扱うのに、どんな小さなシミも許さなかったのだが、
完成した衣装は光をまとっているかのように美しく、想像の何倍も満足のいく出来だった。
 
 
これで、前回の雪辱を果たさせてもらうぞよ。
水精霊チェッケ――我が宿命のライヴァル。
ファファファファ‥‥。
 
 
***
 
 
オシャコンは、精霊界の公民館とも呼べる大きなホールで開催される。
もう五回目ともなるオシャコンには、数多の精霊が詰めかけていた。
ジャムマリアは楽屋で会場の様子を映し出すパネルを確認しつつ、出場者の顔を一瞥する。
どうやらチェッケはまだ到着していないらしいが、彼はいつもギリギリにやってくる。
さほど気にも留めず楽屋を出ようとしたところで、背後から声をかけられた。
 
 
「やぁ☆ ジャムマリアくん☆ 今回も気合入ってるボ☆」

「ムムッ!(ビクッ) これは、キング・ピーボ!!(シャッキーン!)」
 
 
初代オシャコンキング、唯一にして無二のチャンピオン。
水精霊・ピーボが直々に挨拶に来たのだから、さすがのジャムマリアも背筋を伸ばす。
 
 
「ニューカマーもいっぱいで、みんな魅力的ボ☆
 チェッケくんともども、オシャンパワーを爆発させてくれるのを楽しみにしてるボ☆」
 
 
余談だが、当のピーボは第一回オシャコンで優勝以降、
オシャンパワーが高すぎて右に並ぶものがおらず、審査員長として参加している。
いつもは奇々怪々な彼らしいファッションをしているが、
審査員長の時にはスーツに蝶ネクタイというシンプルなファッションでキメ、
無駄にオリジナリティに走らないところに、余裕を感じさせる。
まさしく上級オシャニストのそれだと、ジャムマリアは感服せざるを得ないのだった。
 
 
「あっ、そろそろ始まる時間だボ☆
 ジャムマリアくんも遅れないようにするんだボ☆ 応援してるボ☆☆☆」

「わ、わざわざありがたいぞよ!!
 今回の優勝は、絶対に吾輩ぞよ! 絶対ぞよ! ‥‥。」
 
 
ピーボは会場係に呼ばれ、ちむちむとステージに向かっていった。
オシャコン開催、五分前。
いつの間にか他の出場者もいなくなった楽屋をもう一周してみたが、
結局チェッケの姿を見つけられないまま、ジャムマリアもその場を後にした。
 
 
***
 
 
「さーあ、今回も始まりましたッ!
 精霊界属性混合オシャレコンテストッ! 略してオシャコンだ~~ッ!!」
 
 
司会の風精霊・ユズリハの活気あふれる声を合図にして、
火花が飛び散り派手にスモークが噴射され、爆発せんばかりの歓声が沸き上がる。
会場が揺れるくらい熱気に包まれて、オシャコンが開催の火ぶたを切った。
 
 
「審査員長のピーボさん! 審査員のランプータンさん!
 この会場の盛り上がり、いかがですか!?」

「もちろん、ハッピー☆ ハッピー☆ ハッピーボ☆ 審査員長のピーボだボ☆
 キュートでハッピーボ☆ なオシャニストばっかりだから、今から迷っちゃうボ☆」

「今回よりご指名に預かりました、水のランプータンですわ。
 皆様の華やかな舞台に心が浮いてしまい、昨晩は眠れませんでした。うふふ。」

「なんとなんと、今回はどちらも水属性が審査員席に!?
 だからと言って、水精霊をひいきにするようなおふたりではございませ~んっ!!
 ココではじめましての方のために! コンテストのおさらいーっ!」
 
 
絶対的オシャニストのピーボと、しとやかで上品なランプータンの挨拶が終わると、
モニターが審査方法の画面に切り替わった。

審査基準は、ポイント制。
観客は出場者ひとりにつき、5ポイントまで投票することができる。
さらにゲストの審査員たちが、特別ポイントを加点していくスタイルだ。
 
 
「今回集まった出場者の皆さんは、自薦他薦問わない戦場を潜り抜けてきた猛者たち!
 テーマは自由! それぞれのオシャンコンセプトにもご注目!!
 優勝賞品はな~んと!? いち、じゅう、ひゃく‥‥ああんもうッ! 計算できないッ!
 とにかく、ゴルド丸太いっぱいだ~~ッ!!!!」
 
 
会場の熱気は最高潮と言うところで、ユズリハがステージ中央の階段へ歩みを進める。
カーテンの向こうにくびれたシルエットが映し出されると、ピーピーと指笛が鳴り響く。
ユズリハは声が割れるほど大きな声でコールをして、会場を一層盛り上げた。

「エントリーナンバー・ワァアン! テーマは『セクシー・オブ・セクスィ~』!!
 光のイヌピローさん!! 今回初登場です!!」

「あらやだワッ! アタシのために集まってくれて、ア・リ・ガ・トッ!
 前から出てみたいと思ってたのヨッ!」

開いたカーテンの向こうから、くねくねと細いくびれを強調しながら登場したのはイヌピロー。
くるりと一周し、妖艶な分厚い唇と抜群のスタイルを思う存分見せつけ、
地響きのような男声をバックに、トップバッターの覇気を見せつけた。
 
 
「はぁい! イヌピローさんでしたー!
 さてさてお次は‥‥女子はキュン死に必至! テーマは『この花をあなたに。』!
 お待ちかね! 風のグリンシンズさんです!」
 
 
先ほどの歓声とは真逆に、キャーッと黄色い女声が会場を沸かせる。
タキシードに様々な花を施してすっきりとまとめた、清潔感のあるスタイル。
常に凛としてスマートな執事は、今オシャコンの注目の的なのだろう。
 
 
「ごきげんよう、皆さま。
 このような場にご招待いただき、とても嬉しく思います。
 皆さまの素敵なティータイムをお手伝いするため、馳せ参じてございます。」

「わお! 相変わらず完璧な執事っぷりですよね~!
 審査員のランプータンさん、いかがですかっ?」

「かねてより仲良くさせていただいておりますが、やはり所作がエレガンスですね。
 私も見習わねばと、身の引きしまる想いですわ。」
 
 
もふもふの手を合わせコメントをするランプータンに、照れくさく会釈するグリンシンズ。
そのどこか奥ゆかしい関係性に、職業がら目を光らせるユズリハであったが、
今は特別に言及することはせずにコンテストの進行を続けた。
 
 
「グリンシンズさんでした、ありがとうございましたー!!
 さて、お次は‥‥。」
 
 
***
 
 
――オシャコンが始まって、どれだけ経っただろう。(キョロキョロ)
今の順番は、だいたい五番目くらいぞよ?(ウーム)
 
 
そんなことを考えていたジャムマリアが今どこにいるかというと、なんと会場の外にいた。
というのも、ライヴァルのチェッケが開始直前まで現れないことが
どうしても気がかりで、会場を飛び出してきてしまったのだ。
彼がオシャコンを黙って欠席するなど、ありえないことだ。
これが行き過ぎた自惚れでなければ、自分との勝負を楽しみにしていたはずなのに。
 
 
「「ガバベゲゴベッ!!」」
 
 
何やら不自然な水音がしたのを、ジャムマリアは聞き逃さなかった。
会場につながる高い橋から落ちてしまったのか、チェッケが川で溺れているではないか。
しかし、川に飛び込もうものならば、せっかく連日夜なべして作った衣装が汚れてしまう。
今日まで細心の注意を払って、汚れのひとつもついていない真白な衣装だ。
 
 
だけど、だけど。(ポクポクポクポク)
吾輩は――、
 
 
「(ピシャーン! シュピーン! キラァーンッ!!)」
 
 
頭で考えるより先に、ジャムマリアは川に飛び込んでいた。
勢いよく飛び込んだせいでチェッケは思い切り川の水を飲み込んでしまったが、
ジャムマリアはそんなことを気にしている余裕はない。
ライヴァルを助けるのに、必死なのだ
 
 
「(バッシャァァアアアアン!!)
 つかまるぞよ、我がライヴァルッ!!」

「ゴボゴボビボボボ!?」
 
 
ジャムマリアは、装飾のリボンを溺れるチェッケの方へ流した。
なんとか水面から顔を出した彼を手繰り寄せると、そのまま橋の上へ飛び上がる。

間一髪のところでいのちを救われたチェッケはなんとか礼を言うが、
その救世主も、自身と同じくオシャコンの出場者である。
そもそも大遅刻をしている自分を助けている暇などないはずだ。
 
 
「はあ、はあ‥‥ありがとうなのら、助かったのら‥‥ゲホゲホッ!
 ‥‥って、そんな場合じゃないのら!! ユー、その衣装‥‥!」

「まったく、その通りぞよ。(フー)
 ライヴァルに手を貸してせっかくの衣装を汚すなど‥‥。(チッチッ)」
 
 
ジャムマリアはため息をついて、衣装を絞りながらウインクして見せた。
 
 
「吾輩、とんだライヴァル想いぞよ。(パチン☆)」
 
 
オシャコンのたびに争ってばかりであった彼からそんな優しい答えが返されるなり、
チェッケはその場でぼろぼろと泣き出してしまった。
自分など助けなければ、間違いなく優勝はジャムマリアのものだったはずなのに。
それなのに、身を挺して自分を助けてくれたのだ。

しかし、今はゆっくり泣いている暇はない。
衣装がすべてであるオシャコンを前に、お互いボロボロになってしまっているのは事実。
こんなに汚れていては、優勝などとうてい無理だということを、ふたりが一番よく分かっていた。
 
 
「(チッチッ)クヨクヨしていても、どうにもならんぞよ。
 さぁ、ライヴァルよ! 貴様も手伝うぞよ!! (ビビーッ)」
 
 
すっかり肩を落とす傍ら、絹の裂けるような音がしてチェッケが顔を上げると、
なんと目の前で、自らの衣装を爪で裂いているではないか。
 
 
「ええっ!? な、何をしているのら!?」
 
 
チェッケは、ジャムマリアがどんなにオシャコンに命を懸けていて、
衣装を愛しているかを誰よりも知っていた。
その思いがけない行動に目を疑ったが、それと同時、彼の熱意が痛烈に伝わった。
同時に、彼が何をしようとしているかも、すぐに理解した。

なぜなら、ふたりは。
宿命のライヴァルだからだ。
 
 
***
 
 
「ナ~ッハッハッハ~~~!!!」
 
 
一方オシャコン会場では、最後から二番目――すでにジャムマリアの出番にさしかかっていた。
しかし会場をいくら探しても見当たらずトラブル一歩手前になっていたところ、
急きょ観客席からウィルプスが自ら申し出て、漫才でなんとか場を繋いでくれているのだ。
 
 
「え、えーっとぉ‥‥。そろそろコレで凌ぐのもキツいんですけどぉ‥‥。
 会場、かなりシラけてますし‥‥。」

「大丈夫だボ☆ ウィルプスくんは喜んでやってるボ☆
 それに‥‥ダークヒーローは、遅れてやってくるんだボ☆☆☆」
 
 
そろそろ観客も欠場に気づいてしまいそうだと心配しながら苦情を訴えるが、
反面ピーボに動じる様子はまったくない。
しかし、もしもこのままジャムマリアとチェッケが到着しないのならば、
コンテストはふたりを待たずして審査に進むしかないのだ。
あと五分も待てない。そうユズリハが覚悟をした瞬間だった。
 
 
「(ピシャーン! シュピーン! キラァーンッ!!)」
 
 
突如会場の照明が落とされたかと思えば、閃光のように天井から雷鳴が響いた。
そしてステージ中央にまっすぐスポットライトが当てられると同時、
華麗なステップで登場したのは、ジャムマリアそのヒトであった。
 
 
「ファファファファ!! 吾輩の名はジャムマリア! (バサッ)
 吾輩ファンの者どもよ‥‥逢いたかったぞよーっ!! (ウルウル)」
 
 
突然の登場にユズリハは一瞬目を丸くしたが、しかしこちらもプロである。
みごと落雷に打たれ吹っ飛ばされたエセムーンを足で端に避けながら、
この大遅刻さえ演出であったかのように装い、ジャムマリアにマイクを向けた。
 
 
「は~い! ようやくお出まし、シャレオツ帝王!!
 黙っていればイケメン! 口を開けば騒音モンスター!!
 今回のテーマは――あれ?」
 
 
気合の入ったユズリハの言葉は、ある光景を前にぴたりと止まった。
それもそのはず、現れたのはジャムマリアだけではない。
彼の片腕にはもうひとりの優勝候補、チェッケがちょこんと抱えられていたのだ。

さらに驚くべきはそれだけではなく、なんとふたりは揃いの衣装を召していた。
長年いがみ合い優勝を奪い合ってきたはずだが、彼らの間に何があったのか。
ユズリハだけでなく、疑問を抱えた会場全体の視線が一同に向けられたが、
ひょいとマイクを奪ったチェッケが、その疑問視を一蹴するように答えた。
 
 
「今回のテーマは、友情なのら!!」
 
 
そしてひょいとステージに降りると、しゅるしゅると一本のリボンが揺れて見えた。
彼の左腕とジャムマリアの右腕が、ふたりをひとつにするように繋がっている。
なぜかふたりの衣装からはぽたぽたと水滴が落ちているが、
それもユズリハがうまく立ち回り足で掃除をするという、プロ根性を見せつけた。

優勝するのは、チェッケかジャムマリアか。
これが毎度オシャコンの醍醐味になっていたが、まさかそのふたりがタッグを組むなんて。
予想を裏切るサプライズな展開に観客席は呆気に取られていたが、
小さなパチパチという音が、その場にいる全員の耳に届いた。

審査員長のピーボが、称賛の拍手を送っているのだ。
それも椅子の上に立った、スタンディングオベイションである。
 
 
「ブラーボ☆☆☆ すばらしいボ☆☆☆
 ピーボから、3億点を君たちに贈るボ☆☆☆ パチパチパチ☆☆☆」

「さ、3億点!?
 審査員長って、そんなにポイント持ってるルールでしたっけ!?」

「まぁまぁ、ユズリハ様。本当はあなた様も感動しているではないですか。
 観客の皆様も、同じ気持ちのようですわ。」
 
 
心読の能力を持つランプータンにそう言われてしまっては、ユズリハには返す言葉はない。
彼女の言う通り、自分だってほんの少し、感動してしまっている。
会場がこんなに一体になっているのに、ルールに縛られていられようか。
 
 
「あぁ~、もうッ! 異例中の異例だけどぉ‥‥
 ジャムマリアさんとチェッケさんの、史上初・ダブル優勝で~~す!!!!」
 
 
「やったーぞよ~っ!! 吾輩が優勝ぞよ~っ!! (キャピーッ)」

「オラも優勝なのを忘れないでほしいのらっ!!」
 
 
すっかりいつものふたりに戻っていたが、それも今回はご愛敬。
何はともあれ、ジャムマリアとチェッケはふたりで優勝!
おめでとう、ありがとう!
色々なトラブルに見舞われはしたが、今回のオシャコンも大団円で幕を閉じたのだった。
 
 
***
 
 
あたたかな風の吹く、宵の内。
ようやく乾いた衣装を風に靡かせながら、ふたりは語り合っていた。
 
 
「今日はありがとうだったのら! それにお前、やっぱりセンスあるのら!
 やっぱり、オラのライバルはユーだけなのら!」
 
 
その言葉を聞くなり、今度はジャムマリアが涙腺を熱くした。
ぐしゅぐしゅとベソをかく頭を、肩に乗ったチェッケがぽんぽん撫でてやると、
嗚咽を漏らしながらジャムマリアが、勇気を出して口にする。
 
 
「!! ウ、ヴォオ~~ン!! (ボロボロボロ)
 では‥‥今晩、打ち上げ‥‥など、してはみぬか? (チラッ)」

「打ち上げ! 楽しそうな響きなのら!
 どこに行くのら? 何を食べに行くのら? 行きつけの店はあるのら?」
 
 
その誘いに、もちろんチェッケだって大賛成。
はやる気持ちを抑えられず矢継ぎ早に質問をぶつけるが、ジャムマリアはしばらく沈黙する。
そしてもう一度紡がれた言葉と提案は――。
 
 
「じゃ、じゃあ‥‥。
 今から‥‥吾輩んち、来る‥‥?(モジモジ)」

「‥‥‥‥‥‥。
 ‥‥やっぱりお腹が痛くなってきたから、おことわりするのら。」

「そ、そんな‥‥ひどいぞよ~! (ブェエ~~~ックシュ!!)」

「ギャーッ!! きたないのら~っ!!」
 
 
大きなくしゃみと、悲痛な叫びが夜空に響く。
まずは打ち上げよりも、風邪の看病で友情を深めることになりそうだ。
 
 

~おしまい~