『ミカニャン宮殿のおはなし』

 
火、水、風、光、闇――精霊は、前述五種類の属性に分類される。
おおかた潜在能力が高く、また殊に信望の厚い者は『伝説の五精霊』として語り継がれるが、
特別に必須となる要因は定義づけられておらず、その定義は種ごとに異なる。
 

[精霊の敬愛事由/著・ドロゥジーより引用]

***
 
 
眩い光に護られた聖域の中心に、輝く宮殿がそびえ立つ。
独特なフォルムの外観は、どうやら猫を模しているようだ。

宮殿内部、長い廊下に敷かれた手織りの絹絨毯の上で、猫たちが長い行列をなしていた。
先頭には、二本爪の足跡を残しながら旗を振る可愛らしい姿が見える。
彼女こそ此の宮殿を治める、伝説の五精霊がひとり。
光精霊ミカエル=タニャカニャカ――みな彼女を慕って『ミカニャン』と呼ぶ――である。
 
 
「ニャンニャカ~。ブラッシングしにいくニャ~ン。みんなついてくるニャ~ン。」
 
 
ミカニャンは、何時もこうして数多の猫たちに囲まれている。
中でも常に傍に置いている猫たちは、何か特別にお気に入りの部分があるらしく、
周囲から『お猫様』と呼ばれ、宮殿内に放し飼いになっている。

そんなお猫様たちを連れた列の最後尾から、大きな足音とともに彼女の名前を呼ぶ声がひとつ。
ミカニャンの声よりもまた少し高く、ハキハキとした少女の声だ。
 
 
「ミカニャン様ぁ! 猫ちゃんたちと遊んでる場合じゃないんですー!
 ほら、こんなに書類がたまって‥‥ユメル、ずっと言ってますのにー!!」
 
 
執務室を過ぎ去ろうとするミカニャンを呼び止めるのは、秘書の光精霊ユメル。
日常ではキャピキャピした態度で勘違いされやすいが、実は如才なき敏腕セクレタリーである。
自分の頭よりも高く積み上げた書類を器用に持ち上げたまま、
思わず踏んづけてしまいそうな猫たちの列をぴょんぴょんと避け、ミカニャンの正面に回った。
 
 
「ニャニャ、ユメル~。そうだったニャン、忘れてたニャン。
 いま押すニャン! ほい、ぺたぺた。」

「あーー!! ミカニャン様! ちゃんと内容を確認してからー!!」
 
 
てっぺんからヒラリと落ちた稟議書に、ろくに目も通さず拇印を押す。
こうして宮殿中に、ユメルの怒るとも呆れるともとれない叫び声が響くのは、日常茶飯事だ。
 
 
「ユメル、いっつも細かいニャン! どうせミカニャンがハンコ押すニャン。
 いちいち確認なんかしてたら、猫たちと遊ぶ時間がなくなっちゃうニャン。」

「ハンコは、この内容で良いですよっていうサインなんですー!!
 ユメル、遊ぶなとは言ってないんです! ただ、ちゃんとお仕事をしてから‥‥。」

「そんなに言うなら、ユメルがハンコしてくれればいいニャン。
 ミカニャン、ユメルのこと信じてるから、ユメルがいいって言えばオッケーニャン!」

「そ、そうおっしゃってくれるのは嬉しいんですけどぉ‥‥。
 って、ちーがーうー!!」
 
 
やんやと揉めているふたりの間に、お猫様をかきわけて取りわけ輝くお猫様‥‥ではなく、
お目付け役の光精霊ラキシュが颯爽と飛び込んできた。
博雅を彷彿とさせる長い眉が二本、ピクピクと痙攣しながら逆八の字を描いている。
 
 
「ミカエル様! ユメルの言う通りでございます!!
 最近のミカエル様は、更にだらしなさに拍車がかかっておりまする。くどくど、くどくど‥‥。」

「ニャニャニャ♪ ニャッニャッニャーン♪
 ミカニャンは、だらしなさが100あがったニャン!!」

「まっっっっったく!!!! 褒めておりませんぞ!!!!!!」
 
 
先刻のユメルのものとは比にならない一喝が、まるで落雷を思わせる声量で落とされる。
しゅんと頭を垂れて説教に頷くミカニャンは、さすがに反省したかのように見えるが、
落とされた視線は、床に転がってまったりする猫たちを追っていた。
 
 
何度怒られても、何を言われても、ヘイキ。
だってミカニャン、猫たちと遊んでる時は幸せだから。
 
 
「ヘイキ。では困るのです!! まったく、今日は大切なご来客もあるのですから。
 お猫様のブラッシングは、このラキシュが請け負いますので‥‥。」

「フーッ!? ラキニャン、ずるっこニャン!!
 ミカニャンがむずかしいお話してるとき、猫たちと遊ぶニャんて!!」

「あ、遊ぶだなんて滅相もございませぬ!!
 吾輩も業務がございます中、申し上げている次第ですゆえ‥‥。」

「そうですよ、ミカニャン様! そもそも、ラキニャン自体が猫なのに!」

「オッホン! ユメルよ、何度いったら分かるのだ!
 吾輩は、猫ではないのであ~る!!」
 
 
勢いに呑まれてしまいそうなラキシュへのフォローも逆効果に終わり、次々と論点がずれてゆく。
暫しの口論の後、ラキシュはようやく自分が何をしに来たのかを思い出し、壁時計の針を確認した。
賓客のある時刻まで、あと五分もない。
遅れることなど以ての外だと、兎にも角にもミカニャンの背を押し、応接室の椅子へと座らせる。
それとほぼ同時、呼び鈴役の猫の鳴き声が聴こえた。

猫毛が絡まる絨毯の上を歩いてやってくるのは、同じく光精霊のプラチナであった。
来客の迎えに控えていたユメルは、見目麗しい長身の優男を視界に捉えるや否や、
黄色い声を上げてその胸に飛び込んだ。
 
 
「きゃーっ! プラチー様、今日いらっしゃる予定でしたの!?
 やだ、こんな格好で‥‥。会いに来てくださるなら、もっとおしゃれにしてましたのに!
 だってユメルは、プラチー様のために輝く愛の宝石‥‥。」

「誰だ、貴様は。直ぐにミカエルを出せ。
 私は今日という日が楽しみで、三日三晩睡眠を摂っていないのだ。」

「やーだー! プラチー様、ひどい~! ユメル、何度もご挨拶していますわ!
 でも、美の探求の為には恋人を二の次にすることさえ厭わないところも、ス・テ・キ‥‥。」

「こら、ユメル! 離れるのである!!
 ――プラチナ様、ご無礼お許しくだされ。応接室にて、ミカエル様がお待ちです。」
 
 
三度の飯より宝石を愛するプラチナは、時折こうしてコレクションを調達しに宮殿へやってくる。
仕事中は気丈なユメルも彼の前では乙女全開の骨抜きで、その胸にくっついて離れない。
ラキシュはじたばた暴れるユメルを無理やり引っぺがしてから、
片手にお猫様、もう片手に秘書の少女を抱えたまま、来賓を応接室まで案内した。

天井まで伸びる重厚な両扉が開くと、中では機嫌を損ねたミカニャンが机に突っ伏していたが、
プラチナの顔を見るなりパッと笑顔に変わり、顔なじみの相手を喜んで招き入れる。
決してプラチナと特別な仲であったり、取引が楽しみだったわけではない。
ただミカニャンにとっては、みんなが大事なおともだちなのだ。
 
 
「プラチニャ~、久しぶりニャン! 元気だったニャン?
 今日は何しに来たのニャン?」

「相変わらずだな、ミカエル。いつものアレだ、すぐに出せ。
 私はもう‥‥ッ我慢ならんのだ!!」
 
 
輝く銀髪を半狂乱気味に顔中へ絡ませながら、息荒くミカニャンに迫る狂気の美男子。
直ぐにでも取り押さえられる沙汰だが、ある種有名すぎるその後ろ姿を制止するものはいなかった。
この世の何よりも‥‥言うなれば、この世で唯一、宝石にいのちを懸ける男、プラチナ。
ミカニャンは、そんなプラチナの興奮するさまを見て面白そうにニコニコしながら、
ラキシュから預けられた宝石箱を机の上に置き、パカッと開いて中身を見せた。
 
 
「‥‥なんだ、この石ころは。」
 
 
ミカニャンの両手ほどの小さな宝箱の中を一瞥するなり、眉を寄せて瞳を細める。
目当ての宝石は天井高くに輝くシャンデリアの光を反射し美しく輝いていたが、
プラチナは期待外れだというようにフンと鼻を鳴らし、すぐに興味を失った。
どうやら、彼のお眼鏡に適わなかったのは明らかだ。
宝石を語らせたら、右に出る者はいない。そんな彼が石ころだといえば、石ころなのだろう。
 
 
「いらん。帰る。」

「な、なんでニャン? そんなこと言ったら、このキラキラがかわいそうニャン。
 キラキラ、ほら! 石ころなんかじゃないニャン!」

「ならば、貴様が可愛がってやればいいだろう。私には必要ないというだけだ。
 ‥‥むっ?」
 
 
罪もなく非難されてしまった宝石を箱から取り出し、正面に座るプラチナへ机を跨いで見せつける。
鼻先まで石を押し付けられたプラチナは、眩んだかのように息を詰まらせたと思えば、
次の瞬間には冷ややかだった切れ長の瞳を充血させ、カッと見開いた。
宝石を摘まむミカニャンの手首を引き、石ころと吐き捨てたそれに改めて対峙する。
その間、一度も瞬きをせず――みるみる瞳を揺らし、そして眼尻から美しい涙を一筋こぼした。
 
 
「な‥‥んだと‥‥。美しい‥‥。背面から見ると、こんなにも神秘的な煌きを放つとは‥‥。
 ――ミカエルよ、この石をもらおう。代わりに、これを対価に払ってやる。」
 
 
懐から珍しい形状の宝石を取り出し、否応なしにミカニャンの手中に収めさせる。
宝石狂の彼が、常時持ち歩くほど愛でる宝石と等価交換を申し出るなど滅多なことではないのだが、
ミカニャンは一切動じる様子はなく、素直にされるがまま受け取った。

半ば一方的に交渉を成立させると、さっさと鑑賞タイムに入るべく席を立ったプラチナだが、
あまりに心酔した為か、扉を開くだけで労力を使い果たし、その場に頭から倒れこんでしまった。
ちなみにこれも決して珍しい情景ではないので、案ずる衛兵はひとりもいない。

確かにそれも理由のひとつだが、真の理由は別にある。
常ならばまったく相手にしてくれないプラチナが気を失った絶好のチャンスを逃すまいと、
彼に想いを寄せるユメルが、いつも介抱の待ち伏せしているためだ。
 
 
「きゃーっ! プラチー様、大丈夫ですか!?
 本当は嫁入り前のお部屋にお招きするなんてフシダラですけど‥‥、未来のダンナ様ですもの!」
 
 
口ではそう言いながら、思い切り背中から抱きしめる。
さんざん大好きな香りや感触を堪能してから、やっと両足を引っ張って自室へと連れ帰って行った。
 
 
***
 
 
「キラキラ、きれいニャン~。プラチニャは、やっぱりいいヒトだニャン。」
 
 
強引に丸め込まれたにも拘らず、ミカニャンはプラチナに貰い受けた宝石を眺めていた。
元は円形だったようだが、真ん中が少し欠けた形は、大好きな猫のように見える。
すっかり気に入ったのか時間も忘れて撫でつけていると、コンコンと丁寧なノックの後に、
よく聞き慣れた声がミカニャンの名を呼んだ。
 
 
「ミカエル様、ご対応お疲れ様でございました。ささ、次のお仕事ですぞ。」
 
 
もっさりと多様な種の猫毛にまみれたラキシュが顔を出す。
どうやら、ブラッシングの最中らしい。
せっかくひとつ仕事が終わったのに、また次の仕事を積まれてしまい、ミカニャンは表情を曇らせた。
あからさまに唇を尖らせて無視するべくプイと顔を広場の方へそむけると、
光精霊オマンジー率いる、宮殿聖歌隊の美しい歌声が聴こえる。

ミカニャンも、おうたが上手だったら、おうたをうたうお仕事がよかったニャン。

ミカニャンは、伝説の五精霊。
生まれながらにして、誰もがうらやむ強大な力を持っていた。
それは決してミカニャンが望んだものではないが、いつの間にか崇め奉られ、
自身が気づかぬうちに「とってもえらいヒト」になっていた。
ただ、普通に生きて、普通に遊びたいのに。
もらったばかりの宝石を握りしめながら、仕方なくミカニャンは執務室に向かう。
猫たちの足跡がすっかり掃除された絨毯をひとりぼっちで歩くのは、すごくさみしかった。
 
 
そういえば。
ラキシュは、猫につきっきり。
ユメルは、プラチナにつきっきり。
もしかして、今ミカニャンの行動を監視する刺客はいないのでは?

ピーンと、魔が差した。
アイ・ニャン・フラーーイ!
しかし、ミカニャンの羽は飛ぶ用の羽ではない。
お約束通り、まっさかさまに庭へと落ちた。
 
 
***
 
 
「あいたたた‥‥。たんこぶできちゃったニャン。
 でも、ヘイキ。しぬこと以外、かすりきず。」
 
 
柔らかそうな見た目より異様にボディの硬いミカニャンは、
今まで幾度となく致命傷を負っても、ピンピンと図太く生きてきた。
これもまた、『伝説の五精霊』たるゆえん。伝説は、ヤワでは務まらないのだ。

土汚れをぱんぱんと払っていたところへ、小さな影が頭上を横切る。
顔を上げると、そこには闇精霊クロリコの姿があった。
本来であれば光属性に相反する闇を司る精霊は当然侵入できないのだが、
クロリコに限っては特別にミカニャンが許可をしている故に、こうして自由に行き来ができるのだ。
 
 
「ニャニャ、クロリコ~! 突然どうしたニャン? 遊びに来たのニャン!?
 嬉しいニャン~、会いたかったニャン!」

「君がまた危なっかしい真似をしていたから、心配でね。
 そんなに大きなたんこぶ作って‥‥まったく、君は本当に‥‥。」

「そんな気にしなくても、マジで大丈夫ニャン!
 ミカニャンの屍は、いまだ越えられてないニャン。イエイ!」
 
 
相変わらず、すがすがしいほど反省の色がない。
その態度にクロリコは苦言を呈しそうになったが、何も言えずに、気が付けば頭を撫でていた。
それよりも、自分が駆けつけるのが遅かった。
怪我をさせてしまったことが悪かったのだと、そんな気持ちにさせられる。
きっとラキシュもユメルも同じような感情が生まれてしまうのだろうと、ため息交じりに同情した。
 
 
「それよりも、ミカニャン。
 あの窓から落ちてきたってことは、また仕事をサボったんだろう。
 怠けてはいけないよ。悪い子は、おしりペンペンだよ。」

「それは言ってはならないニャン! しかもミカニャン、お仕事はもう頑張ったニャン。
 証拠にホラ! プラチナから、このキラキラをもらったんだニャン!」
 
 
ほい! と自信満々に短い手を掲げたミカニャンだが、何も持っていない‥‥ように見える。
クロリコはくるりと周囲を回って見つめたが、やはりその手にキラキラとやらは握られていなかった。
 
 
「‥‥ミカニャン? 何も持っていないように見えるけど‥‥。」

「ニャッ!? やばい、どっかに落としちゃったのニャン!!
 クロリコ! ミカニャンのキラキラ、一緒に探してニャン!!
 こんな感じで、こうなってて、猫みたいな形の‥‥ミカニャンのだいじなキラキラ!!」

「うん、わかった! 猫の形の宝石だね? 任せて!」
 
 
紛失の事実にようやく思考が追いついたミカニャンは、しどろもどろに宝石の特徴を説明する。
危ないことをして怒っている自分にさえ、いつでも全力で頼り、甘えてくるミカニャン。
まず叱らなければならないはずなのに、お願いされると何よりも優先してしまう。

ミカニャンも相変わらずだけど‥‥自分も相変わらず、どうしようもなく甘い。
ヒトのことは言えないと自嘲しながら、クロリコは自慢の千里眼で周囲を見回した。
 
 
***
 
 
ミカニャンが落下した地点を中心に、庭じゅうをふたりで隈なく探してみたが、
一向にそれらしいものは見つからないまま、時間だけが過ぎていた。
 
 
「クロリコ~、まだどこに落としたか分からないニャン?」
 
 
ミカニャンはもうヘトヘトだとへたり込み、土で汚れた鼻先を擦りながら問いた。
爪の擦り痕で茶色くなってしまった頬を見て、クロリコはふっくらした表面を優しく撫でて答える。
 
 
「うん、ごめん‥‥。この千里眼、守ると決めた子を探すのは得意なんだけど‥‥。
 せめて無くしてしまう前に、僕にその宝石を見せてくれていたら良かったのかもしれない。」

「ニャ~ンだ、あんまり役に立たないニャン。」

「たまにヒドいよね! 君!!」
 
 
どんなに優しくしても、マイペースなミカニャンのココロ無い一言に傷心していると、
遠くから何か、地響きのような音が聞こえてくる。
立派に並んだ柱へ視線をよこした瞬間、ラキシュが鬼気迫る表情で飛び出してきた。
 
 
「ミカエル様! こんなところにいらっしゃったのですか!
 まったく、キサマが一緒でありながら!!」

「まぁまぁラキシュ、悪かったよ。
 でも今は、少し事情があるんだ。君も手伝ってくれないか?」
 
 
事情を把握したラキシュは、ニャんと! と驚いてから、宮殿内の精霊たちに捜索の指示を仰ぐ。
光の聖域じゅうが大騒ぎになったが、みな主の探しものが早く見つかるように願った。

だがやはり現実は厳しく、時計の針はいくつ進んだだろうか。
皆の願いを無下にするかの如く、猫型の宝石はなかなかその姿を見せない。
 
 
「うーん、おかしいなぁ‥‥。
 これだけミカニャンが大事にしているものなら、見つけられそうなのに‥‥。」
 
 
どこか、どこか近くに。その気配は感じているのに。
あと一歩、ゴールに近づくことができない。

広間のすみっこで、現実逃避に猫の手足をマッサージしていたはずのミカニャンが、
丸くなったまま動かなくなったことに気づいたクロリコは、心配そうに傍へ身を寄せる。

心の底から自身の非力さを悔いた。
ミカニャンの幸せは、絶対だというのに。
慰めの言葉など、今は必要ない。だが、諦めることだけはしたくなかった。
ならば謝罪か、そうではないことも分かってはいたが、
ミカニャンの丸まった背中がただただ悲しく、クロリコは何か、言葉にしようと思った。
 
 
「ミカニャ――」
 
 
しかし、その言下に。
 
 
「プラチー様ぁ~! 急に起き上がったら危ないですー!!
 でも、ご自分の体調はもちろん、恋人との甘い時間さえ顧みないところもス・テ・キ‥‥。」
 
 
重い空気を割いたのは、ユメルの甲高い声だった。
そう認識する前に、先ほど真正面から糸が切れたように倒れたとは思えぬほどの速さで、
プラチナが奇声を上げながら一直線にミカニャンたちに向かって走ってくる。
 
 
「ぬぉおおおお!! 今、確かに尋常ではないほど美しい宝石の気配が!!
 ‥‥しかし、どこかで感じたことのあるような輝きだな‥‥?」
 
 
着火してしまいそうなほど激しいブレーキをかけて、その場でなんとか一時停止する。
黙っていればそれこそ宝石のように繊細かつ端正な顔をしかめると、
今度は躊躇なくクロリコのモコモコの中へ、ズボッと手を突っ込んだ。
 
 
「うわぁっ!? いきなりなんなんだ、キミは!?」
 
 
反射的に振り向き、プラチナに向かって牙を剥く。
しかしクロリコがそのまま噛みつかなかった。
なぜなら、その手には‥‥美しく輝く、猫型の宝石が握られていたからだ。
 
 
「ふっ、やはり私の目に狂いはなかったか。
 こうして改めて見るとやはり惜しいが、一度は貴様にくれてやったものだ。
 もう妙なところに隠すのはやめておくのだ、ミカエル。」

「あったー! あった! あったニャン!
 分かったニャン、プラチニャ。見つけてくれてありがとニャン!!」
 
 
ミカニャンは、先ほどまでぐったりしていたのがまるで嘘であるかのように、
元気にクルッと回って、今度こそ自慢の宝物をその手に掲げて見せた。
だいじなだいじな、キラキラの宝物。
数秒間ポーズをとった後、満足したミカニャンはそのままクロリコの手に握らせた。
 
 
「はじめっから、クロリコが守ってくれてたニャン。
 だからミカニャン‥‥お礼にこのキラキラ、クロリコにあげるニャン!」
 
 
まるでミカニャンのために作られたかのような、猫型の金色の宝石。
とてもきれいに輝くキラキラ。
プラチナでさえ見惚れたキラキラ。
だからこそ、ミカニャンは大切なクロリコに、持っておいてもらいたいと思った。
 
 
「ええ!? い、いいよ。この宝石、あんなに大事にしてたじゃないか。
 それに僕、全然‥‥こんなに近くにあったのに、気づかなくて‥‥。」
 
 
確かに肌身離さず持っていたのだが、それはあくまで結果論であり、もちろん納得はしていない。
クロリコは、そんな自分がもらう資格などないと断ろうとしたが、
鋭い手のひらには少々不釣り合いに乗せられた可愛らしい宝石を見ると、もう何も言えない。

こうなったらミカニャンは、何を言ってもヒトの話を聞かないことも、よく知っている。
彼女は、彼女のやりたいように生きているのだ。
そういうところが、クロリコはとても好きだった。
 
 
「まったく、君は本当に‥‥かわいいよ。」
 
 
格好悪くはあったが、ミカニャンの宝物――もとい笑顔――を守れたことは、評価してやろう。
自分を甘やかすのも、たまにはいい。
能天気で、だからこそ誰よりも優しいお姫様。
この宝石のようにどこへでも行ってしまう君を‥‥いつか、僕がつかまえてみせる。

クロリコは”キラキラ”へ、秘めた想いを誓った。
 
 
***
 
 
一方、宮殿の隅にある小部屋では、
きれいにブラッシングされたお猫様に囲まれ、ミカニャンがラキシュにお説教を受けている。
プラチナが対価として支払った宝石を、勝手にクロリコへあげてしまったのだから無理もない。
だがミカニャンは相変わらず気にも留めない顔で、猫たちを撫でている。

きっとまた小一時間も二時間もくどくど叱られるも、
部屋を出るころにはすっかり忘れているのだろう。
その証拠にミカニャンは、クロリコと今日もたくさん遊んだことを思い出していた。
 
 
何度怒られても、何を言われても、ヘイキ。
だってミカニャン、大好きなクロリコと一緒ならとっても幸せだから。
 
 

~おしまい~