『おそばに。』


 
自然界の衝突は同等に、精霊の属性を対象としても発生する。
然し、或る条件下においては相乗効果として表れる場合も確認されている。
其れは特別なココロの変化に因るものとするが、故意的に持てるものではないと仮定しよう。
 

[精霊の敬愛事由/著・ドロゥジーより引用]

***
 
 
皆様、はじめまして。
シャラルの名前は、シャラルリロッタ。ではなく、シャルラロット…でもないのです。
違う違う、違います! こほん。シャラルリロッテというのです。

実はこの間、とても素敵な男性と出会ったのです。
そのお方のお名前は‥‥。
 
 
***
 
 
外は、ぽかぽかいい天気。
チャンチャンカーニバルがミュージカルを行う小劇場前は、
香りの良い森を開拓した、おしゃれなカフェになっています。

今日はミュージカルやリサイタルなどの催しはなく、
チャンダとチャンオのふたりは仲良くせかせかと、カフェの給仕をしているようです。

大胆に大木を伐採して作った切り株のテーブルセットに、
ふかふかのマシュマロと、大きなお花が可愛らしく置かれていました。
 
 
「それにしても、最近ほんとにゴキゲンさんなんだもの~。」
 
 
おや? マシュマロが何か、お花に話しかけていますね。
でもよーく見てみてください。
マシュマロの正体は、風の精霊ラショコンみたいですよ。
 
 
「いったい、何があったんだもの? シャラル。」
 
 
その問いかけにお花がゆらゆら揺れたかと思えば、
花びらの中心から、小さな女の子が顔を出しました。
年端もいかない、あどけない顔立ち。
穢れを知らず、清楚で、真白な頬にほんのりと紅がさしています。

シャラルと呼ばれた少女は、長くくるんとした睫毛を伏せたまま、
ゴキゲンそうに頷いて、ころころと笑いました。
 
 
「うふふ。あったです。
 実はシャラル、この間とぉ‥‥‥‥っても素敵な殿方にお逢いして‥‥。
 近頃ずっと、そのヒトのことしか考えられないのです。」
 
 
うっとりするシャラルリロッテには慣れたもので、
ラショコンは特別に驚くこともせず、外見そのままのまったりした仕草で頷きます。

長い付き合いで彼女が惚れやすいのは分かっているけれど、
その想い人が誰かというのは気になるようで。
ラショコンは、たっぷりクリームの乗ったカフェラテをテーブルに置いてから、
ずいとテーブル越しにその身を乗り出して聞きました。
 
 
「やっぱりだもの! シャラル、相変わらず恋する乙女だもの~。
 ‥‥それでそれで、そのお方のお名前は?」
 
 
ピンク色の頬をさらに赤らめ、少し恥じらって見せるシャラルリロッテ。
はたから見ればもじもじしているように感じられますが、
その分かりやすいくらいの行動は、自分から言いたげなことが明らかです。
 
 
「誰にも、誰にも!! 言っちゃだめですよ?」
 
 
今にも口から飛び出してしまいそうなその名前を言うのにためらうのは、
恋愛トークをする女の子の定石なのです。
お決まりの約束にラショコンは少し面倒くさそうに頷き、
それから恋に恋する乙女の柔らかいほっぺを、ぷにんと挟んで掴みました。
 
 
「はいはい。シャラルはいっつも、聞くたびに違う名前を言っているんだもの。
 わたくしも、もういちいち覚えていないもの。」

「こ、今回は本気の本気です!
 それに、ナイショにしておいてもらいたい理由は――。」
 
 
顔をふかふかに挟まれているおかげで動けなくなっているシャラルリロッテをそのままに、
ラショコンは更に顔を近づけて問い詰めます。
シャラルリロッテは、漂う甘い匂いについ表情を緩めてしまいましたが、
そんなことは気にせずにラショコンは、ひそ‥‥と声を潜めて唇を寄せました。
 
 
「まさか‥‥『形あるいのち』の方に恋をした、とか? だもの?」
 
 
『形ないいのち』である精霊が、『形あるいのち』のものに恋をすることは、
精霊界の禁忌――特に風精霊においては、あってはならない禁忌とされています。

シャラルリロッテはとんでもない、と言わんばかりに、大げさに首を振りました。
もし彼女に手があったなら、ぶんぶん振り回していたことでしょう。
よっぽどその見解は表で口にしてはならないことだというように、
彼女は「しー」と唇をいの字にして、ラショコンよりもさらに小さな声で否定しました。
 
 
「さすがに、そうじゃないです。
 ただ、ちょっと‥‥火に属する、殿方を。好きになってしまったです。」

「あらら。確かに、それははじめてなんだもの~。
 わたくし、びっくりですもの。
 でもどうしてその、カレに? なんだもの?」
 
 
最悪の事態を考えていたラショコンは、
肩透かしだったというように気の抜けた感想を漏らしました。
しかし反対に当のシャラルリロッテにとっては、誰かに話せたことで気が抜けたのか、
いつの間にかまたにこにこと、嬉しそうな笑顔を取り戻していました。
 
 
「うふふ。それは、ですね‥‥。」
 
 
***
 
 
ある日シャラルは、森の中でおねんねしていたです。
太陽がさんさんしていたですから、ちょっぴり熱いなと思ってもそのまま眠っていたです。
でも、なんだかおかしなくらい熱くなって、シャラルは目を覚ましたですよ。

そこへ現れたのが、そのお方なのです。

あのお方ははじめ、シャラルをただのお花だと思っていたです。
うとうとしていたシャラルは、どう見ても火の精霊さんの彼を見て、
はじめはちょっぴりこわい気持ちでしたが、あのお方は‥‥。
 
 
『こしたらベッピンな花、見だごどねえ。』って。
 
 
シャラルのことを、きれいって言ってくれたです。たぶん。
シャラル、恥ずかしがり屋であまり殿方とお話できないのに‥‥
あのお方とは、もっと近くに来てほしいって思ったです。
もっと近くで、もっとお話してみたいって思ったです。
 
 
***
 
 
「‥‥というのが、ふたりの出逢いのストーリーだったです。」

「きゃ~、そうだったんだもの~! 確かに、素敵なカレだもの。
 惚れっぽいシャラルじゃなくても、好きになっちゃいそうだもの~。」

「あっ、それは聞き捨てならないです。
 シャラル、惚れっぽくなんかないです。」

「‥‥‥‥。惚れっぽいとは、思いますもの‥‥。」
 
 
その証拠に、ラショコンはこのように何度も男性に一目ぼれしてしまう話を何度も何度も聞かされています。
ですが、瞳を合わせるだけで相手が卒倒してしまうという美貌を持つシャラルリロッテが、
それに持ちこたえることができた数少ない男性に惚れるのも仕方がない話ではあるのです。

女の子であるラショコンでさえ、確かに彼女と初めて瞳を合わせたときは、
そのあまりの可憐さに、ついついそのままぽふんと倒れてしまった過去がありました。
 
 
「まぁ‥‥その件については、このあたりにポイしておくんだもの。
 その素敵な殿方のお名前は? なんていうのですもの?」

「うふふ。聞きたいです?」

「もちのろんですもの。聞きたいですもの。」

「実は‥‥。」
 
 
このやり取りもまた、女の子の定石。そろそろ覚えてくれたでしょうか?
シャラルリロッテは答えを期待するラショコンの甘い鼻息に満足すると、
こしょこしょ、とふかふかの耳にその名前を囁きました。
 
 
「‥‥え? えぇっ!? ですもの!?」
 
 
ラショコンはシャラルリロッテから告げられた名前に耳を疑い、
つぶらな瞳を更に丸くして、なんとか理解を試みました。
ですが、脳の整理が追いつかず‥‥ラショコンはシャラルリロッテと出会ったときと同じように、
その場にぽふんと倒れてしまいました。
 
 
「ラショコン! 大丈夫です!?」

「だ、大丈夫ですもの~。でもシャラル、そのヒトはさすがにキケンですもの。
 シャラルのことだって、きっと燃やしにきたんですもの~。」

「そんなこと、絶対にないです!
 さっきまで、ラショコンだって好きになっちゃうって言ってたですよ。」

「そ、それとこれとは‥‥なんだもの~。」
 
 
通称・赤い悪魔。
厄災を司る、火の精霊レッドサタン。

世間に疎いシャラルリロッテは知りませんでしたが、
彼の名は風属性のみならず、精霊界で知らぬものはいないほどでした。
しかし確かにシャラルリロッテが第三者から彼の噂を聞くときは、
ラショコンと同じく、決まって”粗暴極まりなく残忍な性格”というものばかりでした。
 
 
「あのお方に会ったことがないから、そんなひどいこと言うです。
 一度会ってみれば‥‥、」
 
 
そのときふと、シャラルリロッテは思いました。
はじめて出会ったあの日から、一度もレッドサタンの顔を見ていないと。
 
 
きっとシャラルが、火が怖いって言ったから‥‥。
レッドサタン様は、シャラルが怖がらないように遠慮して――。

火の悪魔と呼ばれる彼の、そんなやさしさとは裏腹に。
シャラルリロッテは、来る日も来る日も想いを重ねているのに。
 
 
あのお方に、もう一度お会いしたい。
シャラルの事、覚えているかしら。
 
 
***
 
 
明くる日。森を越えて、林を越えて、火の聖域近く。
中立域にある崖の上で、シャラルリロッテはある人物を待っていました。

遠くの空にキラリと閃光が走ったかと思えば、煌めく炎が彼女の方へ向かって降りてきます。
しかしシャラルリロッテはその炎を見て怯むどころか、一歩前へ出て出迎えました。
 
 
「バッソちゃん、バッソちゃん! お久しぶりです。」

「おう、シャラル! いきなり呼び出して、なんだっての?
 こんなあっちートコまで来て、よっぽどヤバい用事でもあった?」
 
 
運動で火照った雫の玉を弾く若々しい健康的な肢体をぱたぱた仰ぎながら、
火の精霊バッソは首をかしげて聞きました。
油断をすれば点火してしまいそうな青々とした花びらに距離を置く仕草から、
あまり炎が得意ではないのだろう相手への気遣いが感じられます。

余談ですが、ふたりは不定期に開かれる精霊女子会で友達になってから、
互いの属性を越えた長い友人関係にあるのです。
 
 
「バッソちゃんならきっと知ってると思って聞くですけど、
 レ‥‥レッドサタン様、は。どど、どこに住んでるです!?」

「ん!? なんでサタンのヤツに、シャラルが会いに?
 ‥‥ははーん。さては、まぁた惚れたんだろ? まったく、ほんとに惚れやすいよなあ。」

「ひどいです。シャラル、惚れっぽくなんかないです。
 いいから、バッソちゃん。早く答えるですよ。」
 
 
つんと唇を尖らせて、シャラルリロッテ。
風の少女はこう見えて、戦闘に長けていることもバッソはよく知っています。
機嫌を損ねたお姫様をこれ以上制しても悪化してしまうだけかと、
バッソは両手足の炎を少し抑えつつ、またエンジンをかけ直しました。
 
 
「へいへい、分かった分かった。
 つってもこっからはアタシらの聖域だからさ、一緒について行ってやるよ。
 ‥‥あそこはあんま行きたくないんだけど。アンタのためなら、仕方がないさ。」

「ありがとうです、バッソちゃん!
 でも、行きたくないって‥‥なにかあったです?」
 
 
おとなしくしている方が性に合わないのか、たった今帰って来たにもかかわらず自慢の腕を回し、
思い切り背中を伸ばしてから、バッソが先んじて広大な空に飛び上がります。
それを追うようにしてシャラルリロッテもふわりと宙に浮き、
青い天には赤色の炎と大きな一凛の花が咲きました。

ふたりでこうして空の旅をするのは、少し久しぶりでした。
当時のバッソとマアコロンに比べれば「お散歩」と称した方が近いくらいおとなしいものですが、
それでも並みのヒトの目には留まらぬ速さで爆走するのは、やっぱり楽しいみたいです。

暴走は、バッソがシャラルリロッテに教えた、「大人への第二歩」でした。
一見大人っぽいバッソがお姉さんのように見えますが、
実は少女のようなシャラルリロッテの方が、ずっとずっと年上なのは内緒です。

それでは「第一歩」はなんなのかと言うと‥‥。
 
 
「ねえ、バッソちゃん。
 バッソちゃんは今、恋をしているです?」

「恋ぃ? んー、そうだなぁ。
 そういやアタシ、アンタがサタンを好きになるずうぅっと前‥‥
 アイツと夫婦って設定だったんだってさ。」

「ふふ、夫婦!? 設定!? どどど、どどういうことです!?」

「あっはは! まぁまぁ、ジョーダンだって。
 しっかし、恋‥‥ねえ。最近は、してないね。」

「バッソちゃん、可愛いからすごくモテますのに。」
 
 
シャラルリロッテは嫌味でも何でもなく、ただ純粋に心から褒めたつもりだったのですが、
当のバッソは眉を下げて、だから嫌なんだというように苦笑して見せました。

シャラルリロッテは訝し気に、その表情を見るなり理由を問おうとしますが、
そうこうしているうちにレッドサタンの根城が近くなってきたのか、みるみる熱がこもってきました。
高熱に弱いシャラルリロッテの花びらの端はしおれてきてしまいましたが、
レッドサタンへの想いが源です。
彼の顔を思い出し奮い立つことで、もう一度水を得たかのように美しく咲き誇ることができました。
 
 
レッドサタン様‥‥。
ご迷惑じゃ、ないかしら。
 
 
ふと地上を俯瞰すると、ひときわ目立つ宮殿が見えました。
黄金の外壁は炎がごうごうと燃えさかっており、いかにも”赤い悪魔”の居城という雰囲気です。
はるか上空からもその大きさと強固な護りは認識できましたが、
バッソは構わず、だんだんとスピードを緩めながら地上へ降下してゆきました。

雲を抜けるほど高くそびえたつ門の前には、屈強な精霊がふたりで門番をしています。
城の主であるレッドサタンの子分たちでしょうか。
シャラルリロッテにとってはまるで見知らぬ顔ぶれでしたが、
その剛猛たる雰囲気には、シャラルリロッテなど一振りで吹き飛ばされてしまいそうにも見えました。
 
 
「ふぅ、やっと着いたな。
 さてと、こっからどうするか‥‥うぇえ!?」
 
 
毛先まで艶やかに手入れの行き届いたソバージュを風になびかせながら、
バッソは瞳を細めてレッドサタンの居城を見上げます。
その瞬間、大きな地鳴りがしたかと思えば、数分前までは確かにふたりしかいなかったはずの――
いつの間にか軽く十人は越えている子分たちに取り囲まれてしまいました。

しかしその様子は、彼女に危害を加えようとしているというよりも、
「姐さん姐さん」と、どうやらみな彼女を慕っての行き過ぎた歓迎のようでした。
その様子を遠巻きに眺めるなり、シャラルリロッテはようやく、
バッソが此処へ来ることを嫌悪していた理由が、理解できました。

普段ならば暴発せんばかりの業火で敵を蹴散らすバッソでしたが、
さすがに旧知の仲である悪魔の子分を無碍にすることはできないようで、いなす事しかできません。
手間取っているバッソを助けようと、シャラルリロッテが距離を詰めようとした瞬間。
バッソはなんとか腕を伸ばし、何かを指さしました。
その先には、城の中から出てきた子分たちが不用心にも開け放したままの門が。

もう一度バッソの方へ視線を送ると、彼女はウインクをして
シャラルリロッテを送り出しているように見えました。
 
 
助けられなくて、ごめんなさいです。
シャラル‥‥バッソちゃんの気持ち、無駄にはしません!!
 
 
子分たちに気づかれないように上空を飛び、
シャラルリロッテは城内に忍び込むことに成功しました。

城の中では室内を照らすために炎が灯されているだけで、むしりひんやりとしていました。

壁の向こうはあんなに燃え盛っているのに不思議です。

そんなことを考えながら進んでいると、
城内の見回りをしている子分たちがこちらを指さしています。
見つかった。
距離を詰められる前に、とシャラルリロッテは花のつぼみを閉じたように見せかけてから、
一気に開いて眩い光を解放させ、雷の鉄槌を落としました。
 
 
「あなたたちに用なんかないです! グリムテンペスト!!」
 
 
バチバチと大きな電撃が球体になり、子分の一人を目掛けて飛んでいきます。
一撃で炎の力を封印された相手はその場に倒れ伏し、
もう一方もその衝撃に巻き込まれ、よろめいて気を失ってしまいました。

そして、その瞬間――、
 
 
「あん? のさ寝てんだ! 寝らだばお布団敷いで寝ろ!!」

「あ、兄貴ぃ‥‥。俺たち、何が何だか‥‥。」
 
 
長い廊下から聞こえた怒号と、今にも火花を散らしそうな眩い金髪――
その姿は、間違いなくレッドサタンのものでした。

不自然に目の前でバタバタと倒れていく子分たちを見ても憶することはなく、
むしろ呆れたように両小脇に抱えようとしたところで、漂ってきた花の香りにすんと鼻を澄ませます。

眉をぴくりと動かして、顔を上に向けると。
 
 
「キレイ花ちゃん!! そしたらどごで何しでんだ!?」

「レ、レッドサタン様!」
 
 
真っ赤な瞳を丸くして、大きな口で名も知らぬ彼女の『名前』を叫びました。
彼女のことをしっかりと覚えてくれていたことが分かり、
シャラルリロッテは、ぽっと白い頬を色づかせます。
きっとレッドサタンもシャラルリロッテと同じで、その顔を忘れるわけがなかったのでしょう。

激しい衝撃音と主君の怒号に、何事かと従者たちが駆けつけると、
レッドサタンは視線もよこさず、適当に子分を投げ預けました。
そしてまたふわりと宙を飛んでは、シャラルリロッテの許へ。
 
 
「ひっさしぶりだの! 遊びさ来ちまったのか?
 まったぐ、おでんばな娘だなあ!」

「お、おてんば‥‥。」
 
 
そそそれよりも、またキレイって!!
”キレイ花ちゃん”って、もしかしてシャラルのことです? ドキドキ‥‥。
 
 
「さっきも、キレイ花ちゃんの匂いがしでよ。
 もしかしてど思ってだんだが、会えで嬉しいぜ!」

「シャ、シャラルの匂い‥‥なんだか恥ずかしいです。
 レッドサタン様。シャラルのこと、覚えてくれていたです?」

「もちろん、覚えでら!
 子分の野郎どもは、毎日勝手に知らねえ奴が志願しでぐっから、
 適当さ城さ置いでんのは、あんま覚えてねえけど‥‥キレイ花ちゃんは別だ!」
 
 
快活に笑うと、特徴的な牙が覗いて。
シャラルリロッテは、そのずっと会いたかった笑顔に胸が締めつけられました。

威張ったり、手下の数にこだわらない竹を割ったような性格。
時々聞き取れないくらいの訛り言葉も。

そういうところも全部、あぁ‥‥好き。です。
 
 
「遊びさ来らだば、言ってぐれれば良がっださ。
 わんつか昔のダチさ会ってて、さっき帰って来たばっかのんだ。」

「あらら‥‥。レッドサタン様の忙しい時に来ちゃったです‥‥。
 シャラル、反省、反省です。」

「なぁに言っでんだ! 来ながぐれて、俺は嬉しいぜ!
 マジさ久しぶりだもんの! 元気にしてただな?」
 
 
約束もなく突然城に現れた自分を、屈託のない笑顔で迎え入れてくれたレッドサタンに、
シャラルリロッテは何度も、何度もココロを鷲づかみにされてしまいます。

胸の高鳴りが抑えられず、聞こえてしまわないように。
一歩近づいては、一歩離れてが続いて。

本当は、隣にぴったり寄り添って歩きたいのに。
気づけばシャラルリロッテは一人、不自然に壁に沿うようにしていました。
レッドサタンはそんな様子を見て笑い、
緊張するなと気を紛らわすように口笛を吹いて見せてくれました。

そんな仕草のひとつひとつ。
彼のことを知るごとに、くらくらと意識が遠のいてしまうくらい、想いが募ります。

彼を目の前にしていては、すぐに自分がどうにかなってしまうでしょう。
あまりじろじろと見るものではないと分かってはいましたが、
シャラルリロッテはレッドサタンから視線を逃し、広い城内を見渡しました。

はじめて目にする、想い人の日々生きる城の中。
多階層にしか見えなかった外観からは到底分かりませんでしたが、
城内は天井が高いだけの平屋になっていました。
どうりで障害物もなく、ずっと長い直線上を悠々と飛んでいたわけです。
 
 
「おう! ヘンの造りだろ?
 勝手こさアイツらが、でっかぐしちまっだんだ。」
 
 
レッドサタンが言うには、独りで住処を構えていたころは小さな孤城だったらしいのですが、
日々子分たちが増えるたび、どんどん増築されていってしまったそうです。
 
 
「俺なんがは、小っこい部屋の方が落ち着ぐんだっての。
 そしたらアイツら、”兄貴の威厳ば見せつけらんね”っで、勝手こさでっかぐすんだ。
 だば俺は、あんま豪勢のは肌さ合わねんだけどな。」
 
 
より詳しく話を聞くと、あまりに豪勢なものは自分は苦手だということでした。
それに、構造が入り組みすぎていても厄介なだけだと。

そんな外見や才能にそぐわない素朴な考えも、シャラルリロッテははじめて知りました。
やっぱり彼は、自身が信じていた通り優しくて強いヒト。
でもそれがあまりに理解されていないことを思い出し、同時に悲しくなりました。
こんなに、こんなに‥‥あったかいヒトなのに。
 
 
「ん? キレイ花ちゃん、疲れちまっただな? よしよし。
 こごが俺の部屋だ! おーい、戻っだぞ!」
 
 
高い天井までつながった重厚な扉の前には、またもう二人の門番が守備にあたっていました。
その落ち着いた振る舞いは、先刻の子分たちとは一線を感じます。
きっとレッドサタンが数多の子分たちの中でも真に心を許した、側近たちなのでしょう。
主人への戻りの挨拶と一緒に、大事な客人であるシャラルリロッテを迎えるべく、
ギギィ‥‥と天高く閉じられた両扉を開け、部屋の入り口が開かれました。

そこには。
果てのないほど広かった城の印象と違い、
少しこじんまりとして、落ち着きのある室内が見えました。

そして、少しだけ。お花のかおり。 
 
 
「わぁ、ここがレッドサタン様のお部屋。
 なんだかちょっと、ひんやりするです‥‥。」

「おう、悪いがっだの。
 さっき話したダチが氷んトコのヤツだかきや、火ば消して行かれっちまっだ。」

「そう、だったですか。
 レッドサタン様は、たくさんお友達がいるですね。」

「悪り。そんなごど、どうでもいいだな。
 それよか、寒いだろ? つっても、俺の火だばまた怖がらせちまうしなあ。」
 
 
先刻レッドサタンが言っていた”ダチ”というのは、どうやら水属性の友人のようです。
自分は風属性で、相手は火属性。
レッドサタンにとっても、属性が違っても親しい間柄の相手がいるのだと聞くと、
安心したような、少し不安になったような、不思議な気持ちになりました。

男の子? もしかして、女の子?
シャラルリロッテの知らないその相手に、自分でも気づかないうちに浮かぶ嫉妬心。
 
 
「あの‥‥あの!
 火なんか怖くありません!!」

「おう、いぎなりどした?
 わっはっは! 無理すんなっでの。キレイ花ちゃんは、優しいもんな?」

「ま、またキレイって‥‥ぽっ。
 じゃなくてです! ほんとに怖くないです!
 だから、だから‥‥」

「‥‥ん?」

「だから‥‥シャラル。
 レッドサタン様のこと、もっと知りたい‥‥です。」
 
 
聞こえるか聞こえないかくらいの震えた声で、シャラルリロッテは言いました。
ぴくぴく、とレッドサタンは鋭い耳を動かすと、
ようやくその言葉を理解したのか、合点が行ったと指を鳴らして声を上げます。

「ん? ‥‥ぉおお!!
 ”しゃらる”ってのが、おめえの名前だな!!」

「は、はい。でも本当の名前はシャラルロレット‥‥。
 ではなくて、シャルラリラッタ‥‥あれれ? ああもう、またうまく言えないです!」

「わっはっはっは! 面白いなあ、おめえ。
 だば、俺もあんまりヒトの名前ば覚えられねえがらよ。」

「そうだったですか?
 ‥‥あ、だからシャラルのことも‥‥。」

「おう、”キレイ花ちゃん”って呼んでらぜ。」
 
 
欲を言えばその声で本当の名前を呼んでもらいたいだなんて、贅沢なことを考えたこともあるけれど。
それでも今は、大好きなヒトが決めてくれた”キレイ花ちゃん”も、
すでにシャラルリロッテにとっては、もうひとつの大切な名前になっていました。

他にも、顔なじみのバッソのことは「焼きソバさん」と呼んでいることや、
遠い故郷には同じ喋り方の精霊がたくさんいること。

森や花が好きだと言うことも、嬉しそうに話してくれました。

そんな横顔が、やっぱり眩しくて。大好きで。
ふと一瞬だけ流されたレッドサタンの視線の先を盗み追うと、
そこには小さな薔薇が、つつましやかに一凛だけ挿してありました。
 
 
これ‥‥。
シャラルに、そっくり‥‥です。
 
 
またひとつ、とくんと高鳴る鼓動。

自分を忘れないでいてくれて。
こんなにも優しくしてくれて。

この気持ちをどう伝えたらいいのか――シャラルリロッテが言葉を選んでいるうちに、
高い天窓から見える空はいつの間にか、もう星空になっていました。

外は雨が降っても消えることはない炎によって明るく照らされているとはいえ、
可憐な花の少女に夜は危ないだろうと、レッドサタンは腰を上げて言います。
 
 
「あぁ、楽しがったの。
 そら。今日はもう、帰っだほうがいいぜ。」
 
 
時間が、経つのが。こんなに早く感じるなんて。

でもイヤ。イヤったらイヤです。
シャラル、まだ帰りたくありません。
 
 
ほら、と優しく伸ばされたレッドサタンの手にも触れず、
シャラルリロッテは悲しく顔を俯かせてしまいました。
美しく染まっていたはずの花びらは、みるみるうちにどんよりとした色に沈んでいきます。

こんなことになったら、レッドサタン様に迷惑をかけるのは分かっているのに。
でも、悲しみが止まらなくて、どうしようもありません。
 
 
「突然、お城に来て‥‥約束もなく、ごめんなさいです。
 でも、でも。シャラル、どうしてもあなたに会いたかったのです。
 それで‥‥、あの‥‥。」
 
 
また、言葉に詰まってしまう。
それでも、あなたに言いたいのです。

だから、勇気を出して。
 
 
「またこうして、会いに来てもいいですか?」
 
 
その問いにレッドサタンは動きを止めると、瞳を閉じて。
その言葉を切り捨てるように、首を横に一度だけ振りました。
 
 
「いや、だめだ。」

「ど、どうしてです。
 シャラルのこと、やっぱり嫌いだったですか‥‥!?」
 
 
一途に想い続けた相手の拒絶にショックを隠し切れず、
潤いを無くした花びらは、砂で作られた床に落ちていきます。
一枚、一枚、はらはらと風に舞うたびに、
閉じられた目尻からぽろぽろと涙が一緒に溢れてしまいました。

しかしレッドサタンは慌てる様子もなく、
シャラルリロッテの頭に手を置いて、ぽんぽんと撫でながら続けます。
 
 
「こしたら危ねえどご来て、キレイ花ちゃんになんがあっだら困るだろ。
 それさ、怖かっただろ? 初めで会った時、火が苦手コだ言ってたもんの。
 苦手じゃないなんざ言わしで、無理させでごめんな。」
 
 
触れられたことのないくらい、大きな手。
この世の炎をモノとする、がっしりとした、男の人の手。
今は自分にだけ向けられた、眩しいくらいの笑顔。
 
 
「う、ウソなんかじゃないです!
 だって、だってシャラル‥‥あなたの炎は、好き‥‥ですから。」
 
 
また、誰にも聞こえないくらいの小さな声で。
その想いが今は伝わらなかったとしても、彼女の花を見ていれば誰にだって分かります。

レッドサタンに嫌われていたわけではなかったことや、
むしろ自身を心配してくれていたこと。
それが何よりも嬉しく、シャラルリロッテもまた首を振って、その瞳を見つめ返して言います。
 
 
「だから、レッドサタン様が謝ることなんてないです。
 火の聖域に来たのも、バッソちゃんにお願いしてシャラルが勝手にしたことです!」

「おめえが無理言っても、俺がやらせたくねえ。
 おめえは、俺が守ら。まぁ、火が苦手コに何言ってんだり話したばっての!」
 
「違うです違うです、レッドサタン様。
 シャラルは、あなたに守られたいです。
 でもそれだけじゃなくて、シャラルもあなたを守るの。だって‥‥」

「だって?」

「だって‥‥うふふ。なんでもありません!」
 
 
いつか、シャラルにそっくりなお花じゃなくて――
本物のシャラルがレッドサタン様のお部屋に、いつまでも咲いていたいです。
 
 
そしていつか、レッドサタン様はこんなにも素敵なヒトだって‥‥
誰よりも強くて、優しいココロの持ち主ですって‥‥
シャラルの大切なヒトですって、みんなに紹介するです。
 
 
ですから、それまでずっとおそばにいさせてくださいです。
世界でいちばん、大好きなあなたへ。キャッ!
 

~おしまい~